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 読書を生活の一部に
2006年02月18日 (土) | 編集 |
最近、本を読むことが少ないと感じることが多い。ブログを開設する前はジャンルを問わずいろんな本をよく読んでいた。

幼い頃から他の友達のようにテレビゲームやおもちゃよりも本をプレゼントされると嬉しくて、無我夢中で読み耽っていて、おそらく視力が悪くなったのも夜中まで隠れて本を読むようなところがあったからだろうが、自分の知らない世界に誘ってくれる本の存在というのは現在の自分自身に見えない影響を与えてくれたと思う。

今朝の産経新聞に作家の阿久悠氏が「たまには本を読む姿を 子どもたちに見せるだけで 家族の半分は固まる」というタイトルのエッセイを書いておられた。

http://nippon7777.exblog.jp/2707586/

阿久氏が紹介されている息子さんのお話は御家庭の雰囲気が伝わる話で振り返って自分も同じようなことがあったなあと思った。

もともと私が本を読むきっかけは母の影響が大きい。

私の母は小説や文学が好きで、今でも両親の部屋には本棚にぎっしり文庫版や新書版の小説が並んでいる。事件物のドラマや西村京太郎などのサスペンス小説が母の趣味で歴史や社会問題もその延長で関心があったようだ。

最近では私の逆影響で保守思想やら国民運動にも関心を寄せてくれている。父や母も皇室典範の問題で神社本庁や日本会議が出したパンフレットや小冊子を読んで勉強してるといっていた。

そういう両親の様子は子供としても嬉しい。

阿久氏は次のように結んでいる。

 いい姿で、深い本を読む。没頭する。たったそれだけのことを実行するだけで、絶望の家族が普通の家族ぐらいには回復出来るのだ。本を読め読め、シャンとして読め。

久しぶりに心に響くものを得た気がした。

読書が生活のなかにあるという状態を意識的につくっていくことは自分自身にとっても家族や周囲にとっても好ましいことだと思う。

本を読むという知的生活それ自体が学びになる。
ブログを書くにもやはり本を読んでいなくては書けない。

学力低下問題が社会問題となっているが、その原因はもちろん学校で教える内容が大幅に減らされたということもあろうが、家に帰ってから勉強以外に楽しいことがありすぎて、怠けること自体が習慣化していることも影響していると思う。

それは、本を読まなければならないという義務感や勉強しなさいという命令からではなく、両親どちらかでも本を読む姿を見せることで克服されてくるのではないだろうか。

人のことを言う前に私もパソコンの前から離れて本を読む時間を作っていきたい。

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