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 「日本は沖縄を蔑視し、捨て石にした」と教える福岡県筑後市立中学校の偏向した人権教育
2006年09月19日 (火) | 編集 |
 作家の曽野綾子氏の業績は挙げればいろいろありますが、最近、復刻された『沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実―日本軍の住民自決命令はなかった! 』もその一つでしょう。

 8月27日の産経新聞で「「軍命令は創作」初証言 渡嘉敷島集団自決 元琉球政府の照屋昇雄さん」との見出しのインタビュー入りの記事が大きく報じられました。

 戦後処理に当たった照屋氏は「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、自分たちで書類を作った。当時、軍命令とする住民は1人もいなかった」と証言され、それまでの歴史認識が誤りだということが明らかとなりました。

 ところが中学の教科書ではいまだに「『集団自決』を強制されたりした人々もあった」「軍は民間人の降伏も許さず、手榴弾をくばるなどして集団的な自殺を強制した」(日本書籍)、「なかには、強制されて集団自決した人もいた」(清水書院)と記述されてます。

 このような歴史観をもとに、沖縄に修学旅行へ行く際の事前指導や人権教育で子供達に教えているケースが全国的にみられます。

 福岡県筑後市の筑後中学校では、今年の7月、修学旅行を振り返り、「沖縄の平和学習を通して」とのテーマで人権教育が行われました。

 事前に作成された指導案によると、7月3日月曜日の1、2限目で「修学旅行を振り返」りながら、生徒に配布した学習プリントに沖縄の沖縄戦以前の歴史を確認させ、そのなかで指導上の留意点として「琉球処分・皇民化教育を特におさえる」と皇民化教育にアンダーラインが引かれていました。

 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると皇民化教育(こうみんかきょういく)とは「大日本帝国の支配地域において、その主権者とされた天皇を中心として大日本帝国への忠誠を要求した教化政策。日本民族への教化政策であると同時に、植民地および占領地域の諸民族(朝鮮人、台湾人、アイヌ人、琉球人、南洋群島や東南アジアの先住諸民族)に対して行われた強制的な同化・教化政策」とされています。

 さらに「沖縄戦当時、沖縄の人たちはどんな差別をされたか考える」とあり、指導上の留意点として「沖縄の住民は、戦闘協力者の確保として扱われた」「すて石としての沖縄」と明記されており、日本軍が沖縄の人たちにひどい扱いをし、利用した挙句、切り捨てたんだと印象付けることを謳っています。

 さらに2限目では、「米軍占領下の沖縄、返還後の沖縄の問題点を考える」ということでアメリカの植民地支配下におかれたことや基地問題について考えるようになっています。

 問題なのは、この2限目の目標で「部落差別と沖縄蔑視の共通点を考える」「反戦・反基地運動を粘り強く続けている人の存在を知り、今の沖縄の問題を理解する」としていることです。

 なぜ、同和問題と沖縄をわざわざ結び付けようとしているのか、ここにイデオロギーが隠されているからに他なりません。沖縄の極左や日教組が反体制運動として反戦・反基地運動を行っていることはかなり知られている事実ですが、学校というある意味閉鎖的な世界では、日教組サティアンともいべき独りよがりな言論のみがまかり通る空気ができあがってしまっているのです。

 筑後中学校は沖縄に何のために修学旅行に行くのかもう一度再考すべきと思います。

 平成10年の産経新聞で連載された「教育再興」で次のような記事が掲載されていました。参考までに御紹介します。

【教育再興】(90)平和教育(8)沖縄への旅 公正中立な立場とは・・・
 
 今年四月、大阪府松原市の市立第六中学校でのできごと。
 同中では昨年秋、当時の一年生の生徒と保護者に、三年生時の修学旅行の行き先について「九州方面で」という方向で、アンケート調査を行った。その結果、生徒、保護者とも七割が沖縄を希望。行き先はその通り沖縄県に決定した。
 この計画を知った市教委は「政治的に論議の分かれる問題を、きちんと中立を守って指導しきれるのか」。こう学校側をただしたことから騒ぎが始まった。
 保護者やマスコミから「沖縄に行って何がいけないのか」「基地を見せることのどこが悪いのか」と声があがり、沖縄県も職員を市教委などに派遣し、説明を求めた。「生徒や学校の自主性に横やりを入れる教育委員会」。そんなイメージさえでき上がったのだ。
 「沖縄に基地がある事実を知ることに問題があると言っているわけではない。ただ、指導する教師が一方的な立場を押しつけることのないように、との懸念を指摘したつもりだったが、うまく伝わらなかったところがあったようだ」
 山道嘉一郎・松原市教育長は、こう「スレ違い」を指摘する。
 この問題は教育界内部にも、さまざまな波紋を呼んだ。黒川芳朝・大阪府教育長は「一般論」と前置きしながら、「教育委員会が介入すべき問題ではないのでは」。松原六中の森秀樹校長も「特定の政治思想が原因ということではない。当初からむしろマリンスポーツを体験することに重点を置いていた」と強調する。
 議論は、学校、行政、保護者を巻き込みながら、広がっていった。
 
 「沖縄」をめぐっては岡山県倉敷市でも、同じような問題が起きていた。「平和の翼」と名付けられた事業がそれだ。
 倉敷市では、戦後五十周年にあたる平成七年に、小中学生二百十五人が広島で語り部に話を聞くなどする「平和大使派遣」事業を実施。八年からは、同様の事業を「平和のバス」として継続させた。
 これらの事業は「参加者には好評だった」(同市総務課)が、今年度から当初予算案に新しく「平和の翼」と名付けられた事業が盛り込まれたことから、市にとっては予想外の展開が起きた。小中学生の希望者五十人を対象に沖縄の地上戦跡地などを巡るこの事業は、市議会で「米軍の基地移転問題が解決していない時期に行くのはどうか」との論議を呼び、一時的に凍結されてしまったのだ。
 「できることからやっていきたい」。平和事業への姿勢について、こう答弁を繰り返す市に対し、総務委員の一人として平和の翼事業に反対した安田忠弘・同市会議長は次のように指摘した。
 「市の姿勢は、なし崩し的で平和行政をどう進めるかという全体像が見えてこない。何で戦争が起こっているのかということをきちんと教えないで、沖縄戦などの悲惨さだけを伝えるのは教育として不十分。部分的な話では誤解を招く恐れもある」
 凍結後、市は委員の意見を反映させ、総合計画のなかで平和事業に対する方針を示すことを決める。委員会は四月に入ってやっと凍結解除を行った。七月下旬、予定通り行われた平和の翼事業について、浅野伸夫・総務部長は「目で見て戦争の恐ろしさや悲惨さを感じ、平和の大切さを学ぶという成果があった」と言っている。
 
 松原第六中学校の方も結局、学校側が「沖縄を公正中立に取り扱う」ことを確約し、修学旅行にゴーサインが出た。
 山道教育長は言う。
 「波風が立つのは覚悟の上で、『教育とは何か』『義務教育と政治的中立とは何か』という本質的なテーマを考えてもらいたかった。あえて一石を投じたつもり」
 教師は公正中立でなければならない。これはどんな教師にも異存のない大前提だが、この公正中立は時として困難な場合がある。たとえば、沖縄の基地問題で公正中立な立場とは何か。新聞報道一つをとっても姿勢は一致していない。大人でも答えの決まらない問題を、中学生に対して「公正中立に」指導しきれるのか−。
 「こう考えると、中学生という発達段階から見て、『難しすぎるのでは』『無理があるのでは』という判断も当然あっていい」。憎まれ役を買って出た格好の松原市教委だが、こうした考えを支持する市民の声も多く寄せられたという。
 「学校の自主性に任せるといったほうが波風は立たない。でも私は教育者。どうしても言っておきたかった」。山道教育長はこう繰り返した。


 現実には松原市教委のような見識ある教育委員会は稀で、筑後市のように現場任せのところが殆どというのが実態です。

 福岡県内には筑後中以外でも沖縄に修学旅行に行く学校は多く存在していますが、大なり小なりこうした歴史観に基づいたイデオロギー教育が公然と行われています。

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