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 長幼の序の崩壊--若い世代としてどう考えるか
2007年05月28日 (月) | 編集 |
 今朝の産経に次のような記事が載っていました。

 私も目上の方への態度は、あまり褒められたものではありませんので、偉そうなことはいえません。

 ネットをやっていると忘れてしまうのですが、己が分を弁えるということは大事だと思います。

 運動関係の飲み会などで末席に座らせていただいている私は、お酌やらなんやらで動き回ることが多く、本音を言えば不満とかあるにはありますが、やっぱり年上の方々より上座に座ったり、平然と飲み食いすることはできません。

 仮に無礼講といわれても周りを見回して振舞うことが自然にこなせるようになりました。

 でも、時々気遣いが足りないなと思うことがあります。

 これは初めから身につくものではなく、多くの人との関わりから教えられていくものではないでしょうか。
 西川先生がいう派閥の役割は、政治家に限らず学校でも企業でも役所でも市民運動でも親戚づきあいでも同じようにあると思います。

 ○×、挨拶が先だろうが

 今でも注意されますが、有難いと思います。
 誰も注意してくれなくなったら、それは見放されたときだとある人はいっておられました。

溶けゆく日本人(1)人間関係の不全 消える「長幼の序」


新人議員、先輩に“ため口”
 「郵政解散選挙」から1年の時を刻んだ昨年。東京・永田町の自民党本部に、こんな場景があった。

 「あらあ、○○ちゃん、最近どうしてんの?」

 声の主は前年に初当選を果たした、いわゆる“小泉チルドレン”の一人。視界に入った同僚議員に声をかけたのだった。足を止めた議員は国会議員歴10年以上の先輩。「面識がある」程度の間柄で、会話を重ねたことはなかったという。そんな先達を下の名前に「ちゃん付け」で呼び止め、“ため口”を交え雑談を始めた新人議員。先輩は受け答えに応じたが、別れると秘書にこうつぶやいた。「変わった人だね」。この秘書によると、「議員の目は“点”になっていた」という。

 「あの人は女性じゃないから、(選挙)応援に寄越(よこ)すのはやめてください」

 自民党女性局の居並ぶ先輩議員にこんな言葉を投げつけ、場を凍り付かせた“チルドレン”もいた。「あの人」とは、男性的な服装や髪形が特徴の女性議員のこと。この新人議員の地盤で行われる地方選挙への応援要員に彼女の名が挙がったのを、そんな言葉で拒絶したのだった。

 自民党の西川京子議員は嘆く。

 「『長幼の序』なんて、(若手からは)なくなってしまった」

 長幼の序−。「年長者と年少者の間にある一定の秩序」のことだ。経験・知識を積んだ先輩、年長者を敬うことは、長い間、日本で大切にされてきた儒教に基づく道徳心だが、「美しい国」作りを標榜(ひょうぼう)する自民党の“本丸”からも、過去の遺物のごとく葬り去られようとしている。

                   ◇

 「先輩を軽んじるようになったな」−。国政選挙で13回の当選を重ねた民主党の渡部恒三・最高顧問も実感しているという。それも歩調を速めるように。ほんの数年前までは「許されなかった」「してはいけないとわかっていた」“逆転現象”が今、与野党の議員を問わず日常茶飯事に起きているのだ。

 法案の勉強会で、一番の上座(かみざ)に平然と着席する新人▽地方の補欠選挙の応援に訪れた先輩議員を当然のごとく迎え入れたうえ、「よろしくお願いします」の一言もない若手議員▽テレビ番組で他党の党首を指して「こいつ」と言う若手…。

 だが、仕方がない面もあると西川さんは同情を口にする。「若い人たちが教わる機会が以前より明らかに減っているから」だ。自民党では若手教育の場の一つは「派閥」となるが、例えば“チルドレン”は当選時の執行部の呼びかけもあり、所属していない議員が少なくない。それを好意的に受け入れる世論もある。

 しかし…。「先輩が飲みに連れていって、『あれはな』なんて教えてくれたり、注意したり。派閥にはそんな役割もあるんです」

 故に派閥を肯定する、そういう意味ではない。長幼の序を教える人間関係の構築さえしにくくなっている現状があるということだ。年功序列の打破、実力主義、若手の登用…。時代を吹き抜ける風は、「守るべきもの」を守りにくくしている。

 「いいか、政策の議論に遠慮は要らない。だが、酒席などでも『席順』はあるからな。それは守れ」

 西川さんは今、自身が属する志帥(しすい)会(伊吹派)の元会長、江藤隆美元衆院議員が若手に再三再四そうクギをさしていた、その意味をかみしめているという。

                   ◇

 日本を吹き抜ける風、強弱の差はあれ、その向きはどこも同じだ。 

 「打ち合わせ中、いつのまにか『だよね』口調になっている」「部署の飲み会でいっさい動かず、先輩にすべてをやらせている」…こんな怒りや愚痴が、「エリート」と呼ばれる人々が集う東京の霞が関や丸の内からも漏れる。だが、それを戒める人は少ない。「変わった奴だ」と片づけて…。窘(たしな)めることを避ける、そんな人間関係の不全が日本を巣くう。

 「『長幼の序』を重んじる心、それは『敬語の使用』や『還暦の祝い』といった数々の日本固有の文化を生み出してきたことを忘れて欲しくない」。こう語ったのは、日本に伝わる冠婚葬祭に関する啓発教材を出版する会社の社長、工藤忠継さん。失われゆく日本文化を後世に伝え継ぎたいと東奔西走する日々だ。

 「長幼の序の崩壊、それは日本文化そのものの危機です」。強い口調でそう警告を発した。

(山口暢彦)

                   ◇

 親が子を棄てる。教師が生徒に敬語を使う。隣人は知らぬが顔の見えない人との“会話”に夢中になる…。人と人の“距離”が目に見える形で変質している。距離を見失った結果、時に「個」に逃げ、また過度に密着し、あるいは上下関係を否定する日本人がいる。連載「溶けゆく日本人」、新シリーズのテーマは日本を覆う「人間関係の不全」。

                   ◇

 【メモ】人をねぎらう場合、相手が目上なら「お疲れさまでした」、目下なら「ご苦労さま」が正解とされる。文化庁が昨年2、3月に全国の男女約2000人を対象に実施した「国語に関する世論調査」によると、仕事が終わったとき相手にどのような言葉をかけるかを聞いたところ、相手の職階が上の場合、「お疲れさま(でした)」が69・2%で最も多く、2位が「ご苦労さま(でした)」(15・1%)に。一見、まともな結果だが、相手の職階が下の場合も、1位が「お疲れさま(でした)」(53・4%)で、2位が「ご苦労さま(でした)」(36・1%)という結果に。多くの人が、相手との上下関係を意識せず、これらの言葉を使っていることが分かった。





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