FC2ブログ
<当ブログは、ヘイトスピーチ規制法案に反対します>フリーのライター・編集者 として取材活動、国民運動として教育正常化、TPPなど経済政策、労働政策などに取り組み、情報公開請求や国会陳情など議員・行政対策に重点を置いています。皆様より取材、運動推進のためにご支援をいただければ、幸いです。仕事の依頼など連絡先・支援先の詳細はプロフィールをご覧ください。
 古賀議員は真宗大谷派系?--反ヤスクニの左翼教団とのつながり
2006年08月10日 (木) | 編集 |
  小泉首相が8月15日参拝を示唆する発言を繰り返していますね。執拗に聞く新聞記者たちもご苦労なことだと思いながら、毎日ニュースを見ていますが、産経新聞政治部遊軍記者の阿比留瑠比氏が書いているブログに興味深い記者と首相のやりとりがありました。

 首相がマスコミに対して不快感を示している部分は故意にか各社黙殺されています。

詳しくは↓をみてください。
http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/24222/

 ところで古賀誠元幹事長の背景を調べていたところ、ある方からファックスで寺社関係の新聞である「中外日報」のコピーを送っていただいたことがあります。

 それによると「真宗大谷派関係国会議員同胞の会」という議連があって、自民党の瓦力衆議院議員を代表世話人として大谷派の門徒である議員が超党派で構成しているようだ。

中外日報平成17年5月28日


 驚いたのは古賀誠元幹事長の名前があったことだ。ファックスをスキャナで取り込んだのでなので見にくいですが、写真に写っているのは古賀氏です。

 なるほど、なぜ人権擁護法案制定に熱意を持ったのか野中氏や解放同盟のつながりだけとは思えなかったし、分祀論を言い出したのは靖国神社の総代もしていた関係からは理解しがたいものを感じていました。

 浄土真宗大谷派といえば、反ヤスクニ、人権派の急先鋒で、部落解放同盟の呼びかけでつくられた同宗連(『同和問題』にとりくむ宗教教団連帯会議)の中心的団体でもあります。

■真宗大谷派東本願寺HP
http://www.tomo-net.or.jp/info/news/060808.html

■同宗連とは↓
http://www.sotozen-net.or.jp/oshie/jinken/doshuren.htm

 宗教団体は一部を除いて殆どが部落解放同盟の糾弾を受けてきたようで、ある時から左旋回しているところが多いです。

■迷走・西本願寺にみる「同和」の威力━━━
http://www15.ocn.ne.jp/~almarid/works/nishihonganji.html#douwa

■Dr.マッコイの非論理的な世界
http://d.hatena.ne.jp/drmccoy/20050926/p1

 浄土真宗のいう「国家神道」論の誤りについては皇學館大学の新田先生の著書が参考になります。

「現人神」「国家神道」という幻想―近代日本を歪めた俗説を糺す。 「現人神」「国家神道」という幻想―近代日本を歪めた俗説を糺す。
新田 均 (2003/02)
PHP研究所

この商品の詳細を見る


 立正佼成会の自虐史観に基づいた靖国観もその影響と思われます。

http://plaza.rakuten.co.jp/goaheadgo/diary/200608080001/

 大阪や福岡など全国で首相の参拝に対して「宗教的人格権を侵害された」などとして訴訟が起こされていますが、その一翼を担ってきたのが浄土真宗大谷派の僧侶たちです。

 彼らは袈裟を着た左翼活動家ともいえる存在であり、その政治闘争路線に教団内からも批判の声があるようですが、その声は圧殺されて届かないようです。

 例の清め塩の廃止を率先して推進しているのは彼らで、同宗連の働きかけで葬儀社が次々、清め塩を使わないようにしているのです。

 その影響はいまや神社本庁にまで及ぶほどだといいます。

 そのことに危機感を持った有志が神社オンラインネットワーク連盟を結成し、見解を発表しています。

http://jinja.jp/jikyoku/kiyomesio/kiyome2.html

 それにしても人権侵害救済法案、部落解放基本法推進の先頭に立ち、皇室を否定し、日の丸・君が代を貶め、首相の靖国神社参拝を違憲と罵る教団と深いつながりを持っていることと、日本遺族会の会長を務めるのは大きな矛盾があると思うのですが、どうでしょうか?

追記

福岡ではこの程度の事実すらも知られていません。
産経新聞の取材・販売網がないし、10年前まで革新県政でした。
東京方面から見たらある種の独立国になってしまっているのですね。
自民党議員でありながら社民党のような主張をする
議員が出てくるのはそういう土壌がつくられてしまっているからです。

↓古賀氏は遺族会会長を辞めるべきと思う方は
blog

↓にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村 政治ブログへ

↓国民主権を守り、憲法違反の外国人参政権に反対しよう
参政権反対

↓TBSの報道姿勢を問いましょう
TBS放送免許剥奪陳情署名
スポンサーサイト





コメント
この記事へのコメント
こんばんは。
これは驚きました。
一方では靖国参拝をする立場にありながら、もう一方では参拝に反対する立場の集団に身を置いている。
古賀らしい見事なダブルスタンダードですね。
遺族会もこんな人間を会長に据えておいていいのでしょうか?
2006/08/11(金) 00:37:07 | URL | 涼月 #SFo5/nok[ 編集]
ああ成る程!
以前から、この議員はおかしいと思っていましたが、真宗原理主義者系統でしたか。真宗のこの関係は総連や民潭などともドップリのはず。貴重な情報を感謝いたします。
2006/08/13(日) 14:21:16 | URL | 枇杷 #3m4C9JA6[ 編集]
知らなかった!
よく勉強されていますね。知らないことばかりでした。真宗大谷派というのはそんな左翼だったとは。浄土真宗は北陸でさかんですよね。
私は福井県が地元の山谷えり子議員が保守女性のリーダーとして信念を貫いておられるのは、宗教的な土壌があるせいかな、などと勝手な想像をしていたのです。的はずれだったかも知れません。

立正佼成会にはがっかりです。外国人参政権もやってますし。

★野村旗守さん、『男女平等バカ』第2弾を頼みますよ!! 今度は「参画基本法廃止」をアピールしてほしい。この法律をなくさないとどうしようもない。
2006/08/15(火) 16:15:03 | URL | Bruckner05 #Gj9UPpng[ 編集]
浄土真宗大谷派ではありません。真宗大谷派です。

それはさておき、東西本願寺など真宗教団は、1000万門徒を抱えます。教団が先鋭的でも、門徒がそうとは限りません。門徒から選挙での推薦を頼まれれば、教団側は無条件に推薦状を発給します。前々回の衆院選でも、自民党から共産党まで、党派に関係なく推薦状が出されました。浄土真宗と浄土宗の二つから推薦状を取り付けた自民党議員もいました。左翼呼ばわりしますが、東西本願寺は共産党とは敵対的です。かつて浄土真宗本願寺派からは、参院より教団が推挙した人物が全国区・比例区から出ていました。また「神の国」発言で知られる森元総理も大谷派の門徒です。

もう少し取材された方がよいかと思われます。
2006/08/17(木) 19:37:40 | URL | 通行人A #-[ 編集]
真宗は 被差別系と関係は深いです。
ただ 真宗がサヨク系? うーん
2006/10/17(火) 14:28:06 | URL | くれど #-[ 編集]
真宗大谷派がサヨクだってか?そんなはずかないではないか。
真宗大谷派も浄土真宗本願寺派も、ともに日本での最大宗教教団の一つです。(一宗派としは曹洞宗が最大ですが。)
また真宗には十派あって、実質的には日本における最大宗派と言っても良いでしょう。
そこで言っておきたいのですが、教団内には左翼から右翼まで、また自民党議員にも民主党議員にも数え切れない程の真宗門徒がいます。(また真宗大谷派・浄土真宗本願寺派・真宗高田派の門首・門主・法主は、天皇と従兄弟であったり、ごく近い親類縁者になっています。)
ところで、靖国神社国家護持の問題については、伝統(既成)教団の組織である「全日本仏教会」所属の全ての教団、すなわち日本のほとんどの仏教教団が例外なく反対の立場をとっています。
また「全日本仏教会」所属の仏教教団の人権問題の取り組みは、元曹洞宗宗務総長・町田氏がアメリカ・プリンストンでの「世界宗教者平和会議」で発言した発言内容が「部落解放同盟」に糾弾されて以来、また各教団においてもそれぞれ差別事件を起すことが原因となって、それ以来「『同和問題』にとりくむ宗教教団連帯会議」という組織を作って、人権問題への取り組みを行い、一方また各教団の内部においても近代化を一定程度は進めざるを得ない状況にありました。
なお、各宗派の議会や各機関が声明を発することがありますが、一部、行き過ぎたパフォーマンスや愚かな声明等が含まれていると思っています。
なおまた日中問題・北朝鮮問題については、現在慎重に対処する方向で理解を深めています。とくに「南京虐殺30万人説」については、北村稔氏の本が出て、蒋介石の対外宣伝部の謀略であったことは良く知られることになっています。
2008/09/14(日) 02:04:21 | URL | 通行人B #-[ 編集]
コメント有難うございました
通行人Bさま

そうであれば、まず解同と一体の行動を切るべきでしょうね。個々のお坊さんには左翼でない方がいることは招致しています。しかし教団として組織として連帯行動をしている以上は知らないでは済まないと思います。
2008/09/14(日) 11:48:44 | URL | なめ猫♪ #TAZSivxg[ 編集]
「中外日報」の編集権は、創価学会が握っています。
表題のとおり、「中外日報」は現在、創価学会の影響下にあります。
「中外日報」の特質は、宗教新聞としての長い歴史と格別の信用にあります。その信用の下に書かれた記事は、たいていは疑ったりはしません。(朝日新聞が、そうだったではないですか。)
しかし今はもうすでに30年以上前から、創価学会の影響下に編集されており、その事実を顕在化させないように慎重に行動しております。
善意の第三者の様態を保ちつつ、宗教界を始めとした有識者に影響を及ぼそうとする高等戦術を取っております。
「新興教団」にとって、また創価学会にとって、宗教新聞で長い伝統があり、一番信用がある「中外日報」に関心がないはずがないでしょう。
このブログに関心があるような人なら、そのような事は知っているかと思いましたが、そうでは無いようなので、お知らせしておきます。
このことを調べることが出来る方は、もう一度報告をアップしていただければ幸いです。
要するに「中外日報」は、その時が来るまでは第三者の平等な立場に立って編集していると見せかけながら学会を間接的に擁護し、その時が来たなら全面的に創価学会の立場を主張する「隠れ創価新聞」でありますので、「中外」の記事などを根拠に論陣を張ったり、余りノンキに引用することなどはしない方が良いと思います。
現在、宗教新聞と言われるもので、良い新聞は無いかも知れません。真宗系の教団では、「文化時報」が一般的になっています。



2008/09/14(日) 17:08:59 | URL | 通行人B #-[ 編集]
六曜について一言
○フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』に次のように書かれています。
六曜(ろくよう)は、暦注の一つで、先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口の6種をいう。
○とくに「友引」についての項を参照していただきたい。
「凶事に友を引く」の意味。かつては「勝負なき日と知るべし」といわれ、勝負事で何事も引分けになる日、つまり「共引」とされており、現在のような意味はなかった。
「陰陽道で、ある日ある方向に事を行うと災いが友に及ぶとする「友引日」というものがあり、これが六曜の友引と混同されたものと考えられている。」
六曜の友引について、現在、「葬式・法事を行うと、友が冥土に引き寄せられる(=死ぬ)との迷信があり、友引の日は火葬場を休業とする地域もある。
しかし、六曜は仏教とは関係がないため、友引でも葬儀をする宗派(浄土真宗)がある。火葬場での友引休業を廃止する自治体も増えている。」
六曜の否定論
「六曜は元々は、1箇月(≒30日)を5等分して6日を一定の周期とし(30÷5 = 6)、それぞれの日を星毎に区別する為の単位として使われた。七曜や旬のような使い方がされていたと考えられている。」
「六曜が中国から日本に伝来したのは、14世紀の鎌倉時代末期から室町時代にかけて、とされる。その名称や解釈・順序も少しずつ変えられ、現在では赤口以外は全て名称が変わっている。
19世紀初頭の文化年間に現在の形になった。幕末頃から、民間の暦にひっそりと記載され始めた。
明治時代に入って、吉凶付きの暦注は迷信であるとして政府に禁止されたとき、六曜だけは迷信の類ではないと引き続き記載された。」
しかし、明治時代に六曜を禁止しようとした事実があるようである。
 明治5年11月9日太政官布告337号(1872年)において「今般改暦之儀別紙詔書写の通り仰せ出され候條、此の旨相達し候事」と太陰暦を太陽暦に改めるにあたって、次のような「改暦詔書写」を掲げている。「朕惟うに我国通行の暦たる、太陰の朔望を以て月を立て太陽の躔度に合す。故に2,3年間必ず閏月をおかざるを得ず、置閏の前後、時に季節の早晩あり、終に推歩の差を生ずるに至る。殊に中下段に掲る所の如きはおおむね亡誕無稽に属し、人智の開発を妨ぐるもの少しとせず」と諭告し、同年11月24日、太政官布告を続いて発し「今般太陽暦御頒布に付、来明治6年限り略暦は歳徳・金神・日の善悪を始め、中下段掲載候不稽の説等増補致候儀一切相成らず候」とあり、これらの布告をもって禁止されたとする主張がある。

2008/09/15(月) 00:02:48 | URL | 通行人B #-[ 編集]
右翼団体の代表者の多くは在日コリアン?
「右翼団体の代表者の多くは在日コリアン」というのは、本当でしょうか?

 あるホームページに次のような「右翼一覧」がアップされていて、右翼団体の代表者の多くが在日コリアンであると主張しています。
 これまでの常識的ではむしろ、利害が対立すると思われる両者なのですが、何故そうなのですか? 隠された利害や意図があるのでしょうか。その辺の事情を説明できる人はいませんか?
主要右翼一覧
※は逮捕歴あり

右翼団体「松魂塾」(豊島区) - 極東会(構成員1500人)
松魂塾最高顧問:松山眞一こと曹圭化

右翼団体「祖国防衛隊」(大阪) - 七代目酒梅組(構成員160人)
七代目酒梅組組長:金山耕三郎こと金在鶴
六代目酒梅組組長:大山光次こと辛景烈

右翼団体「松葉会」(台東区) - 松葉会(構成員1400人)
松葉会六代目会長:牧野国泰こと李春星

右翼団体「日本皇民党」(高松) - 山口組宅見組系
※日本皇民党行動隊長:高島匡こと高鐘守

右翼団体「日本憲政党」(世田谷区) - 中野会弘田組
日本憲政党党首:呉良鎮
※日本憲政党最高顧問:金敏昭
※金俊昭の実兄:金銀植

右翼団体「双愛会」(千葉)- 双愛会(構成員320人)
双愛会会長:高村明こと申明雨

右翼団体「三愛同志会」(下関) - 六代目合田一家
五代目合田一家総長:山中大康こと李大康

右翼団体「東洋青年同盟」(下関) - 四代目小桜組系
四代目小桜組組長:末広誠こと金教換

右翼団体「日本人連盟」(会津若松)
四代目会津小鉄会長:高山登久太郎こと姜外秀

右翼団体「アジア建国党」
※アジア建国党最高顧問、金相洙
右翼団体「亜細亜民族同盟」
三代目山口組柳川組、柳川次郎こと梁元錫

右翼団体「国誠塾」
※塾長:崔正夫

そのほかの右翼団体

稲川会系右翼
「大行社」「交和青年隊」
※「稲川会系組長、金永七
※「稲川会系青山組組長、金昌英

住吉会系右翼
「日本青年社」「大日本同胞社」「大日本朱光会」
※「住吉会系暴力団組長、「有本弘吉」こと「李弘吉
※「住吉会系組長、「高野成仁」こと「高成仁」」

山口組 弘道会系右翼司政会議

國粹会系右翼
國粹青年隊

2008/09/15(月) 13:43:48 | URL | ネット右翼・・・C #-[ 編集]
いまA級戦犯「分祀の問題」が話題になっている。
いまA級戦犯「分祀の問題」が話題になっている。
しかし、そもそも「靖国国家護持」の問題性と、また「A級戦犯合祀」の問題と「A級戦犯分祀」の問題は、それぞれ別の問題ではないのか?
私たちは愈いよ、靖国神社そのものの思惑からは離れて、深い宗教性の中に戦没者へのお参りをはたさなければならないのではないか。

テレ朝「サンプロ」2008/9/14古賀誠日本遺族会会長
「われわれ遺族に何の相談も無く、戦没者でないA級戦犯を合祀したのは納得いかない。元に戻すことが大事」(8/17 サンプロ)
石破茂
「ほんとに同意だ。深く頷いた。戦没者の定義は精査しなければならない。A級戦犯の人達が国家のために命を掛けたのは一緒かもしれない。
しかし、戦争に行けといった側と国のために、家族のために言った側とは違う。あの戦争は勝てない戦争だと始める前に分かっていた。
にもかかわらず、ここまで来た以上は仕方がないという事で国家をああいう運命に陥れた人たちの責任を曖昧模糊にしたまま、『死ねばみんな英霊』だとか、あるいはその反対に『1億総懺悔』だとか。
なんで、情報も知らされずに行かされて死んだ人が懺悔しなければいけないのか。その家族が懺悔しなければいけないのか。そのようないい加減な事を考えているから日本の国はこんなになっちゃった」
麻生太郎
「全部やるという事を決めたのは日本が独立した昭和28年に衆参全会一致で合祀を決めた。靖国神社に天皇陛下が参拝してもらえるような施設にするのが一番望ましい」
田原総一朗
「合祀を決めたのはその後だ。(新施設は)古賀さんもそういってる」
与謝野薫
「人との約束、とくに死者との約束は絶対守らなければならない。皇族が御参りに行ける状況を作らなければならない。天皇陛下および皇族はある時期まで靖国神社に行ってた」
田原
「A級戦犯が合祀されていると分かって・・・」
与謝野
「合祀をきっかけに行かなくなっちゃった」
田原
「そうです、そうです」
与謝野
「だから分祀すべきだ」
小池百合子
「やはり天皇陛下がお参りできる施設にした方がいい」
石原伸晃
「外国の元首が手を合わせられる場所として靖国神社を変えていただきたい。やはり戦争主導者と赤紙で召集された人とは石破さんの言うように違うんだと思う」
田原
「ということは誰がこの中で当選してもやっぱり分祀になるとみていいですね」
石破茂 頷く。

天皇陛下は、なぜ靖国神社に参拝しなくなったのか ?
(推測される原因の一つ)
昭和天皇は、戦後は数年置きに計8度(1945年、1952年、1954年、1957年、1959年、1965年、1969年、1975年)靖国神社に参拝したが、1975年11月21日を最後に参拝が行われなくなった。
この理由については、昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感をもっていたから等の意見があったものの具体的な物証は見つかっていなかったが、宮内庁長官であった富田朝彦による「富田メモ」に、これに符合する記述が発見された。
1988年当時の宮内庁長官であった富田朝彦が昭和天皇の発言・会話を手帳にメモしていた。この富田メモは、富田朝彦の遺族が保管していた手帳に貼り付けたものであるが、昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感をもっていたことが明確に記載されているそうだ。そのメモの記述の該当部分を以下に示します。

 私は 或る時に、A級が合祀されその上 松岡、白取までもが、
 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
 松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と
 松平は平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている
 だから私 あれ以来参拝していない それが私の心だ


「松岡」とは、松岡洋右元外務大臣、「白取」とは、白鳥敏夫元駐イタリア大使、「筑波」とは、靖国神社宮司で1966年に旧厚生省からA級戦犯の祭神名票を受け取りながら合祀しなかった筑波藤麿を指すと推察される。

1965年6月30日の靖国神社の総代会で合祀する方針が決定されたが、合祀の時期は宮司に一任された。合祀強行派の中には、「戦争責任者として合祀しないとなると神社の責任は重いぞ」と主張する者がいたが、当時の宮司であった筑波藤麿は「ご方針に従う。時期は慎重に考慮したい」と引き取り、結局任期中に合祀を行わなかった。「筑波が慎重に対処してくれた」とは、このことを指すと考えられる。
「松平」とは終戦直後の最後の宮内大臣であった松平慶民、「松平の子」とは慶民の長男で1978年にA級戦犯を合祀を決断した当時の靖国神社宮司、松平永芳(1915-2005 元海軍少佐・一等陸佐)を指すと推察される。

日本経済新聞社が設置した社外有識者を中心に構成する「富田メモ研究委員会」は、富田メモを調査の上、「他の史料や記録と照合しても事実関係が合致しており、不快感以外の解釈はあり得ない」と結論付けた。

靖国神社に恣意性(しいせい)、思惑はなかったのか?
「2006年9月2日付けの各紙報道によれば、朝鮮戦争中の1950年10月に米軍の要請で北朝元山市沖で掃海作業中、乗船していた掃海艇が機雷に触れ爆発、殉職した海上保安庁職員(当時21)の男性遺族(79)が、靖国神社合祀を申請していたが、神社側が合祀要請を拒否していたことが明らかになった。」

また「特攻作戦に関与した海軍中将のうち、終戦直後の8月15日に「オレも後から必ず行く(死ぬこと)」と言ってそれを実行した宇垣纏海軍中将は、靖国神社に祀られていない。
終戦直後に部下と共に特攻した行為が、停戦命令後の理由なき戦闘行為を禁じた海軍刑法31条に抵触するものであり、また、無駄に部下を道連れにしたことが非難されてもおり、部下も含め戦死者(あるいは受難者)とは認められていない。しかし、特攻作戦の命令を下した人物として自決により責任を取った、と評価する有識者の中からは、靖国神社に合祀すべきとの意見が出ている。」




2008/09/15(月) 15:53:29 | URL | 通行人B #-[ 編集]
「解放同盟」と手を切る、という問題について
上に書いた書きぶりでは、「全日仏」所属の仏教教団だけが解放同盟と関係を持っているように、誤解を与えたかもしれません。しかし、そうではありません。
「全日仏」を組織する仏教教団、「神社本庁」に統合される神道各派、「新宗教」といわれる江戸後期に出来た各派(たとえば天理教)、カソリック・プロテスタントなどのキリスト教各派、また戦後にお興った教団までも含めて、日本の大多数の宗教教団が「運動体」との連携の中に、解放運動の推進をおこなってきたのです。
なぜ、そうなったのかと言えば、昭和40年代の半ば頃までの部落差別は、現在とは比較にならないほどの差別の実態があったからなのです。そうして宗教教団がこの問題に積極的にかかわるのは、私は、人間の平等の救いという願いが宗教の本質にあるからだと思うのです。(とくに「大乗の仏道」であると言われる日本仏教の理想には、「智恵と平等の慈悲」という大事な概念があるからです。)

さてしかし、解放同盟にかかわる様々な問題があるのも良く知られているところです。私が知っている京都・大阪・奈良における近年の問題についても、ご指摘のとおりだと思います。共産党系の「全解連」には、このような問題は余り聞きません。
同和利権と呼ばれる、いわゆる娑婆の利害が介在するところに、どうしてもそういう問題が発生するように思います。たとえば解放同盟の支部長の名刺があれば、何でもできると思っていた輩もおりました。そういう場合には、県連に強く抗議する必要があります。(このときは、支部が解散され、もちろん支部長も取り上げられましたが。)
また、自民党系の全自同という、同じような運動体もあります。大きく3つの立場・運動体が作られており、行政はこれらの運動体に平等に対応せざるを得ないジレンマを抱えているのです。

たとえば解放同盟と手を切ったとしたら、たちまちその他の運動体が関係を迫ってくるでしょう。そうして、差別の実態がある限り、宗教者は差別をなくすための努力をしなければならないと思うのです。
 解放同盟も言っているように、環境改善についても一定程度(たとえば9割方)の改善が達成された。通婚率も60パーセントを超えたという段階においては、私は、宗教教団は今こそ自立的な解放運動の推進をおこなう必要があると思うのです。

解放同盟自身は、これまで以上に純粋な運動を推進して、利権にかかわらないようにする必要がある。宗教教団は、宗教教団の理想である本来の人間性を成就するために、その宗教教義を通じて邁進努力する必要があります。しかしこの娑婆の実態は、その政治目的のために、また利害得失のために声高に喋る人が多いように思うのです。私たち宗教者は、そういう風にはならないようにしたいと思っているのです。


2008/09/17(水) 11:19:49 | URL | 通行人B #-[ 編集]
天皇が靖国に参拝できないで、天皇を尊崇していると言えるのであろうか?
靖国と国体護持を言うことによって、天皇を尊崇しているように言うが、本当にそうであろうか?
靖国問題と天皇との関係を考えると、私は、靖国独自の利害に重きをおいて、天皇は利用されるだけになっているのではないかと思う。
そもそも天皇の参詣(祭祀)が無くて、靖国は何を意味しているのであろうか?また天皇は単に一般の神社などに参詣する一般人士と同じ内容において参詣して良いのであろうか?
日本の国体を言うなら、祭政一致の天皇親政を言うのであって、天皇こそ神であって、天皇こそ祭祀者でなければならないのではなかろうか?

靖国の諸霊や戦没者を神と崇めて、天皇は額ずくために靖国に行くのであるか? 靖国の宮司が主祭者となって、天皇は単なる参詣者になり下がって良いのであるのか?
そうでは無いのではないか。むしろ天皇が祭祀の主祭者であって、靖国宮司こそ単なる留守居役ではないのか?
私には、天皇と宮司の立場がいつの間にか転倒し、しかも宮司に凌駕されているように思えるが、どうであろうか。天皇が参拝を忌避したのは、その辺の事情を、するどく嗅ぎ取ったのではないかと思っている。

「清め塩を廃止する」という程度に脅威を感じるとは、なさけないではないか?

神道系ホームページやブログにおいて、葬儀の際に使われる「清め塩」の廃止が大きく問題になっている。
大きな問題であると考えるのは、神道の本質にかかわる「清め・祓い」を否定する重大な脅威であると考えるかららしい。
私的に言えば、葬儀の際の塩など、「あっても無くても良い」程度の問題であると考えるが、それが今を生きている者の普通の感じ方ではないだろうか?都市においては葬儀そのものさえ、行わない者も増えている。ましてや年忌・年会、清め塩をや。

塩など、どうでも良いように思うが、どうであろう。
神前結婚式についても、ついこの間、できたのである。
「初詣に三百万人も参詣する明治神宮が、六十年あまり以前に造営されたことはいうまでもないとしても、一般には旧い由来を持つと思われているかもしれない神前結婚式は、明治三十三年に、のちの大正天皇の婚儀にさいして定められた様式が、やがて民間に普及したもので、それが今日のように一般化したのは、ごく最近のことであろう。」(『神々の明治維新』岩波新書)

そう言えば、天皇の葬式についても、奈良時代の聖武天皇から江戸時代末期の孝明天皇まで(およそ1000年の間)、明治に入る前の天皇までの葬式は全て京都の「泉涌寺(センニュウジ)」という仏教寺院で代々やって来ていた。
天皇の葬式を仏教でやらなくなったのは、明治時代に入ってからの天皇、3人だけなのである。

またその葬儀の行列の先頭には、かならず被差別階級の人間が連なって先導した。天皇の葬式は、日本人全員があまねく悲しみの中に執り行われなければならない、性質のものではないのか。いつのまにか、天皇を自分だけの物にした奴がいるのではないか。

東大寺の大仏を作った聖武天皇は、正月元旦、東大寺の本尊である大仏・毘盧遮那仏(ビルシャナブツ―華厳経にでる仏)を礼拝することから始まったのだ。高御座(タカミクラ)に自分が登って、そうして自分を臣下に礼拝させるのとは精神的レベルが違うのである。
自らは日本古来の神々の主祭者でありながら、仏教そのものの精神性の高さのゆえに、自らその教えに帰依したのである。高いとは、深いということである。深いとは、人間精神の内面に沈潜し課題化したということであって、箒(ホウキ)で塵を払って済ませるような精神に満足しなかったのである。

そういえば、平安時代の天皇の姿を拝するに、早く上皇となって、五条袈裟をつけた天皇の僧侶姿を見るではないか。仏教に帰依した僧の姿は、人間の理想であった。
教えこそ三界を超えて真実であり得る世界であって、仏の世界を生きていくことが、その内容である。

鏡や刀や勾玉(マガタマ)を神器と称して手を合わせて、どうなるものでもないであろう。

いまや明治期、薩長の下級武士が想い描いた精神生活が、如何にご都合主義でお粗末なものであったかが露呈している。教育の荒廃を立て直すために、解放同盟の同和教育を止めさせるのも良いであろう。しかし、解放同盟の同和教育を止めさせたら、われわれが真に願っている教育が実現するのであろうか。

深く「教え」に耳を傾け、真実の声を聴くしかないのではないか。
自己を虚しきものと了解し、真実の仏に出逢って、南無(帰依)するという形(そういう世界観)をもって生きて行くしかないのでないか。
仏の世界から到来する真実に頷くしか、真の教育は無いのではないか。深さというものは、そういうものではないだろうか。もはやパフォーマンスをもって人心をまどわす宗教教団には、用は無いのではなかろうか。






2008/09/19(金) 22:44:57 | URL | 通行人B #-[ 編集]
愛媛「玉ぐし料」裁判は、靖国国家護持が招来したものだ
愛媛「玉ぐし料」訴訟裁判についても、よく話題となっている。
内容は、愛媛県知事の護国神社参拝に際して、「玉ぐし料」を公費で支出したことに裁判という形で噛み付いたものであるが、それは青年らしい率直な反応であった。
しかし、教団としてはもとより地元教区でも一部の数人の私的な活動であって、大勢としては誰にも認知されない跳ね上がり者の行動であった。現在においても、地元教区・教団の中では単に少数者がおこなった裁判であって、そもそも嫌われ者の一人にしか過ぎないのであるが、しかしその結果は、靖国神社国家護持に対して重大な影響を与えたのである。

この裁判の本質は、靖国神社国家護持の策動に直感的に危機感をもった、松山の宗教者の小さな連帯行動である。その小さな純粋な心に、「靖国国家護持」の政治的野心が火を点けてしまったのだ。

キリスト教や浄土真宗という宗教の核心は(もちろんキリストの神であり阿弥陀仏の大悲心であるが)、信者の行動原理としては、自己をむなしくすることが出来るほどの、絶対的に純粋な真心(まことごころ)にある。信心とは、人間として絶対的な真実として頷いた神や仏の真心(まことごころ)・愛や慈悲の心に、人間としてもまた絶対的な真心(まことごころ)によって応えるという行動原理をもっている。
それは、精神の内面に深く根ざして自己を問う誠心の発露であって、神や仏のこころを「わが心」にして生きていくことである。

そもそも愛媛県というのは、富山県とともに日本で最も保守的な教育県であって、愛媛県の教育長を長くつとめた竹葉秀雄は、全国に先駆けて教職員に勤務評定を導入し、戦後はびこった日教組をつぶした男でも有名である。したがって、高等学校には日教組はない。
またそのことで、国連の「国際労働機関」(ILO)に呼ばれたりもしたが、私塾「ひの会」において『古事記』を講義し、誌紙『ひ』によって識者を育てようとしたりもしたのである。
しかし一方また、愛媛県の高等学校・校長というのは広島大学の出身者が多く、真宗の唯円の『歎異抄』から引用して、その卒業式・入学式の式辞を述べることが出来るほどの教養があった。
彼らは、広島大学において金子大栄の講義に感銘を受け、すでにして真宗と出会っていたのであり、真実の宗教というものは何ほどのものであるのか、という事を心得た教養人でもあったのである。

自己を問うことのできる宗教と、問えない宗教がある。

自己を問うことのできる宗教とは、自己の外に、よって来る原因を求めるのではなくして、自己の内に、すなわち自己のあり方を問題として、その課題を克服していくことのできる宗教である。
「経教は鏡である」という言葉があるが、釈尊は自己を問えない宗教を外道と称し、自己を問う宗教を真実の宗教と言ったが、自己を問わずして何の宗教ぞや。

「清め・お払い」などという世界は、自己の外なる世界の穢れを想定し、それをホウキで掃き清める体のものであって、到底人間の内的精神生活の欲求に応えられるものではない。素朴ではあるが、したがって無邪気で、ある意味では微笑ましいのであるが、その代わりに間違えば罪深い問題を惹起するのであって、そのような世界観に立って、人の真の教育ができるとは思えないのである。

禅宗は元「仏心宗」、いまパフォーマンス教団

むかしは、禅宗を「仏心宗」と言った。いまの禅宗僧侶で、そのことを知っている人は少ないのではないだろうか。仏はもちろん釈迦である釈尊。すなわち「釈尊の心を生きていく宗」という、きわめてハッキリした宗派名を名告っていた。
しかし今や、菩提寺となって権力者に擦り寄って久しい禅宗教団は、素人向けの単なるパフォーマンス教団になってしまっている。禅宗こそ仏教の中の仏教(でなければならないはず)なのに、現在では神道から見ても、禅宗はそれほど問題にならないはずだ。(ちなみに自画自賛であるが、日本に伝わった大乗の仏教の中身は智恵と慈悲である。智恵の特徴的な宗派は禅宗であって、慈悲の極まった宗派は真宗である。禅宗と真宗が、ともに日本仏教を背負わずして、この国の将来はないのであり、ともにそれぞれの立場で高い精神性を発揮しなければならない。)

曹洞宗・臨済宗などのいわゆる禅宗教団は、中国に伝わってきた釈尊の教え=「経典」(お経)を、その経典の中には釈尊の教えは伝わっていないと考えた異端である。そもそも仏教というような高邁な宗教は、文字では伝わらない(不立文字)ものであって、伝えることができないものであると考えた。
したがって、われわれも釈尊が菩提樹の下に座ったように、同じく座禅をおこなって、その行を通しながら、直接的に・直感的に、仏教の真実を悟る必要があると考えた。いわば仏教の中でも異端中の異端である。

それはそうかも知れない。確かに釈尊と同程度に我われも優れた人間であれば、そうであると言って良いであろうし、釈尊と同じことを実行すれば良いのであろう。しかし我れわれにそのような実行が伴われるのであろうか。先人はそのことを痛んで、懺悔とともに、聖人と凡夫という言葉を使ってきたのではないか。

事実は、食べるためにその時々の幕府の庇護を受けたり、各藩の殿様の菩提寺となって、その理想は絵に描いた餅となった。禅宗各派は、おしなべて釈尊の忌避した祖先崇拝の教団に転落してしまったのであって、内実はつまらぬ世俗教団と何ら変わらない。それは神道さえも敵とする必要がないものである。

笑い話であるが、ただ座れと言われて、ただ座ってしまった男がいる。ボカッーとした顔をして道場から出てきたという。
ただ座れとは、外界にまた自己にさえ左右されることなく、ただ考えろということであって、自らを拠りどころとして、自己のあり方を徹底的に追求し尽くす、聖人の道である。しかし、この道を実践することは、人間技では行えないものではないだろうか。

「魂を抜いたり、入れたり」する仏教教団

仏教の基本は、「縁起の理法」だと言われる。縁起が分かれば、仏教が大体分かったと言われるのである。それは因縁という概念であって、物事が今その様にあるのは、今その様にある条件下において、そのようにある。したがって「魂(たましい)」の問題をどう考えるかというような大切な問題について、釈尊は慎重に「縁起の法」をもって応えたのであって、その実体化は否定されるものでなくてはならない。常なく、無常なのである。

しかし曹洞宗という「空」とか「無」に象徴される日本最大の宗教教団に差別戒名が発見されたとき、その膨大な数にも驚いたが、その差別戒名を差別のない戒名に変えるために、墓石から「魂を抜く」という法要を本山レベルで行った。
一般人が墓を改修するときに、住職に対して「魂を抜いてくれ」と言うてくるのは、よくある話であるが、本山レベルの法要で魂を抜くというような呪術的な法要が問題にならない教団は、もはや真実の仏教教団とは言えないであろう。

豊川市に曹洞宗・妙厳寺という禅宗寺院(俗に豊川稲荷という)があるが、曹洞宗寺院としては本山に次ぐような位置にあるらしい。しかしその禅宗寺院に、自らの本堂よりも大きい稲荷神社の本殿があって、もちろん石の大鳥居やキツネの像もチャンと立っているのである。
このような現世利益的な金儲け主義が、しかもそれが殿様も帰依する曹洞宗の名の下に、何百年に渡って行われて来たのである。この間、どれだけの民衆を真の仏教から遠ざけて来たことか。しかもこの豊川稲荷は、曹洞宗内において何がしかの権威を持っているらしく、永平寺管長であった宮崎奕保(えきほ)が死んだら、この寺の住職が永平寺の管長になったというのである。

2008/09/22(月) 17:02:05 | URL | 通行人B #-[ 編集]
君が異常な右翼で大東亜共栄圏を作りたいのは良くわかった。ちなみに今年は紀元何年や?アメリカと戦争しても風が起こり勝てるんだったか?天皇、天皇ってうるさいんじゃクソヤロウ
2009/12/21(月) 07:48:10 | URL | #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
『【産経主張】靖国麻生私案 神社ではなくなる懸念も』『二階経産相「靖国問題で首相を決めるべきでない」』
2006/08/11(金) 16:43:03 | 親父の威厳BLOG.ver
>これまで、各種団体との協議には明確な対応指針がなく、出席した 課長級職員が局長や部長の了解を得ないまま、独断で具体的な対応を約束した り、 決定事項を上司に報告しなかった りするケースがあった。協議時間についても、指針作成のために行った実態調査では、一部で
2006/08/11(金) 22:59:05 | サラリーマンやってる猫の一匹集会所
靖国神社前宮司、非宗教法人化や分祀案を否定 靖国神社の前宮司の湯沢貞氏は9日、東京都内で行った講演で、靖国神社の非宗教法人化案について、「靖国神社というものが、形無しになり、名前だけというようなことで終わってしまうという心配があり、うかつには乗れない
2006/08/13(日) 11:51:18 | かふぇTYO
なめ猫