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 奉祝、天皇陛下御即位20年
2009年11月12日 (木) | 編集 |
本日は天皇陛下御即位20年をお祝いする政府式典をはじめ国民祭典が皇居前広場で開催されるなど日本国民がひとつになって天皇陛下御即位20年をお祝いする日です。

いまから20年前、平成元年11月12日は天皇陛下の即位の礼が、皇居・宮殿での「即位礼正殿(せいでん)の儀」を中心に国の儀式として行われました。

あれから20年が経過しました。私が保守系国民運動にかかわりだしたのはご即位10年の記念行事が行われたときからですから10年の節目でもあります。

sannkei記事

このおめでたい日を祝日、半ドンにしようと、臨時祝日法制定法を目指し、麻生前首相のもとで法案が閣議決定され、超党派による奉祝国会議員連盟の賛同により先国会(第172国会)に提出されていました。

本来であれば祝日であってもおかしくなったわけですが、民主党内の旧社会党系議員などとの関係で審議されず、廃案になったことは誠に残念でありました。

ともあれ民主政権下でも政府式典の開催、全公共施設での国旗掲揚など行われます。

上京して皇居前広場の国民祭典に馳せ参じたかったのですが、叶わず残念です。

私も民草の一人として天皇国日本に生を受けたことを感謝申し上げます。皇尊弥栄!

天皇陛下奉祝バナー


◆会見回答全文
 天皇陛下が即位二十年を迎え、十二日に政府の記念式典などが行われるのを前に天皇、皇后両陛下が記者会見された回答の全文は次の通り(健康状態と公務の在り方を尋ねた四問目と回答は省略)。

 -この二十年間、天皇陛下は「象徴」としてどうあるべきかを考え、模索しながら実践してこられた日々だったと思います。日本国憲法では「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と明記していますが、その在り方を具体的には示していません。平成の時代に作り上げてこられた「象徴」とは、どのようなものでしょうか。戦後六十四年がたち、戦争の記憶が遠ざかる一方で、天皇陛下が即位されてからも国内外の環境は激変しています。これまでの平成の時代を振り返っての気持ち、お考えをお聞かせください。

◆『象徴』を模索
 天皇陛下 日本国憲法では、天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴と規定されています。私はこの二十年、長い天皇の歴史に思いをいたし、国民の上(うえ)を思い、象徴として望ましい天皇の在り方を求めつつ今日まで過ごしてきました。質問にあるような平成の象徴像というものを特に考えたことはありません。

 平成の二十年間を振り返ってまず頭に浮かぶのは、平成元年、一九八九年のベルリンの壁の崩壊に始まる世界の動きです。その後の二年間に東西に分かれていたドイツは統一され、ソビエト連邦からロシアを含む十五カ国が独立しました。そしてそれまで外からはうかがい知ることの難しかったソビエト連邦およびそれに連なる国々の実情や過去の歴史的事実が世界に知られるようになりました。このような世界の動きを深い感動を持って見守ったことが思い起こされます。

 ベルリンの壁の崩壊から四年後、私どもはドイツを訪問し、ワイツゼッカー大統領ご夫妻、ベルリン市長ご夫妻とともに徒歩でブランデンブルク門を通りました。西ベルリンから東ベルリンに入ると、ベートーベンの歓喜の歌の合唱が聞こえてきました。私どもの忘れ得ぬ思い出です。しかし、その後の世界の動きは残念ながら平和を推進する方向には進んでいきませんでした。平成十三年、二〇〇一年、世界貿易センタービルなどが旅客機の突入により破壊され、三千人以上の命が失われました。それを契機としてアフガニスタン、続いてイラクで戦争が起こり、今も両国とパキスタンでは多くの命が失われています。

 このように今日の世界は決して平和な状況にあるとは言えませんが、明るい面として考えられるのは、世界がより透明化し、多くの人々が事実関係を共有することができるようになったことです。

 拉致の問題もそれが行われた当時は今と違って日本人みなが拉致の行われたことを事実として認識することはありませんでした。このため拉致が続けられ、多くの被害者が生じたことはかえすがえすも残念なことでした。それぞれの人の家族の苦しみはいかばかりであったかと思います。

 また、チェルノブイリ原子力発電所の事故のような人々の健康や環境に大きな影響を与える事故であっても、当時のソビエト連邦では発表されず、事故についての最初の報道はスウェーデンの研究所からもたらされました。ソビエト連邦が発表したのはそれより後のことで、事故のあった地域の人々の健康に与えた被害は一層大きくなったことと思います。

 国内のことでまず思い起こされるのは、六千四百人以上の人々が亡くなった阪神・淡路大震災です。地震による家屋の崩壊とともに火災が起こり、誠に痛ましい状況でした。ただ淡路島では火災がすべて未然に防がれ、また地域の人々による迅速な救出活動により多くの人の命が助けられたと聞きました。この地震はその後に大きな教訓を残しました。建築の耐震化が進められ、人々の間に災害に対する協力の輪が広がりました。

 後に他の被災地を訪れた時、自分たちの災害に支援の手を差し伸べてもらったので、お礼の気持ちでこの被災地の支援にきたという人々に会うことがあり頼もしく思いました。

 苦労の多い中で農業、林業、水産業などに携わる人々がさまざまに工夫をこらし、その分野を守り続けてきている努力を尊いものに思っており、毎年農林水産祭天皇杯受賞者にお会いするのを楽しみにしています。

 今日、日本では高齢化が進み、厳しい経済情勢と相まって、人々の暮らしが深く案じられます。そのような中で高齢者や介護を必要とする人々のことを心に掛け、支えていこうという人々が多くなってきているように感じられ、心強く思っています。みなが支え合う社会が築かれていくことを願っています。

 平成が二十年となり、多くの人々がお祝いの気持ちを表してくれることをうれしく思い、感謝しています。この機会にわが国の安寧を願い、国民の健康と幸せを祈ります。

 皇后さま 戦後、新憲法により、天皇のご存在が象徴という、私にとっては不思議な言葉で示された昭和二十二年、私はまだ中学に入ったばかりで、これを理解することは難しく、何となく意味の深そうなその言葉をただそのままに受け止めておりました。御所に上がって五十年がたちますが、象徴の意味は今も言葉には表しがたく、ただ陛下が国の象徴、また国民統合の象徴としての在り方をたえず模索され、そのことをお考えになりつつ、それにふさわしくあろうと努めておられたお姿の中に、常にそれを感じてきたとのみ答えさせていただきます。

 二十年の回想ですが、平成の時代は先に陛下もご指摘のようにベルリンの壁の崩壊とほぼ時を同じゅうして始まりました。ソ連邦が解体し、ユーゴスラビアもそれぞれの共和国に分かれ、たくさんの新しい国が誕生しました。新しい国から大使をお迎えする時、よく地図でその国の場所を確かめました。冷戦の終結に続く平和の到来を予想していましたが、その後少なからぬ地域で紛争が起こり、テロ行為も増し、昨今も各地で人命が失われています。

 地球温暖化、世界的金融危機、さまざまな新しい感染症の脅威など、世界的な規模で取り組まねばならぬ問題も多く、さまざまな意味で世界をより身近に感じるようになった二十年間でした。

 国内においては、阪神・淡路大震災をはじめとし大規模な自然災害が多く、被災した人々の悲しみは想像を絶するものであったと思います。災害の予知能力が高められ、予防の対策が進み、災害への備えが常にあることを切に願っています。

 高齢化、少子化、医師不足も近年大きな問題として取り上げられており、いずれも深く案じられますが、高齢化が常に「問題」としてのみ取り扱われることは少し残念に思います。本来、日本では還暦、古希などその年ごとにこれを祝い、また近年では減塩運動や検診が奨励され、長寿社会の実現を目指していたはずでした。高齢化社会への対応はさまざまに検討され、きめ細かになされていくことを願いますが、同時に九十歳、百歳と生きていらした方々を、みなしてことほぐ気持ちも失いたくないと思います。

 身内での一番大きな出来事は、平成十二年の皇太后さまの崩御でした。お隠れの夜は月が明るく、今はご両親陛下をお二方ともにお亡くしになった陛下のおあとを吹上から御所へと歩いて帰った時のことが悲しみとともに思い出されます。

 平成二十年の区切りの年に当たり、陛下とともに国の安寧と人々の幸せを心から祈念いたします。

 -皇室についてはこの先、皇族方の数が非常に少なくなり、皇位の安定的継承が難しくなる可能性があるのが現状です。昨年末の天皇陛下のご不例の際、羽毛田信吾宮内庁長官はご心痛の原因の一つとして「私的な所見」と断った上で「皇統をはじめとするもろもろの問題」と発言し、皇室の将来を憂慮される天皇陛下の一面を明らかにしました。両陛下は皇室の現状、将来をどのようにお考えでしょうか。皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻をはじめとする次世代の方々に期待することも交えながらお聞かせください。

◆次世代に託す
 天皇陛下 皇位の継承という点で皇室の現状については質問の通りだと思います。皇位継承の制度にかかわることについては国会の論議に委ねるべきであると思いますが、将来の皇室の在り方については皇太子とそれを支える秋篠宮の考えが尊重されることが重要と思います。二人は長年私とともに過ごしており、私を支えてくれました。天皇の在り方についても十分考えを深めてきていることと期待しています。

 皇后さま 皇位の安定継承という点に関しては私も現状は質問の通りだと思います。それについて陛下のお答えに私として付け加えるものは何もありません。幸せなことに東宮も秋篠宮も孫として昭和天皇のおそばで過ごす機会を度々にいただき、また成人となってからは陛下をお助けする中でそのお考えに触れ、日々のお過ごしようをつぶさに拝見し、それぞれの立場への自覚を深めてきたことと思います。これからも二人がお互いを尊重しつつ、補い合って道を歩み、家族も心を合わせてそれを支えていってくれることを信じ、皇室の将来をこれからの世代の人々の手に委ねたいと思います。

 -天皇陛下が即位なさったのは、いわゆるバブル経済のただ中でありましたが、この二十年は日本にとって大変厳しい時となりました。ご存じのように高齢化が進み、人口が減少し始め、経済は不安定です。両陛下は、日本の将来に何かご心配をお持ちでしょうか。

◆若い息吹喜び
 天皇陛下 今、日本では高齢化が進み、経済が厳しい状況になっています。しかし、日本国民が過去にさまざまな困難を乗り越えて、今日を築いてきたことを思い起こすとき、人々がみなで英知を結集し、あい携えて協力を進めることにより、日本が現在直面している困難もひとつひとつ克服されることを願っております。

 私がむしろ心配なのは、次第に過去の歴史が忘れられていくのではないかということです。昭和の時代は非常に厳しい状況のもとで始まりました。昭和三年、一九二八年、昭和天皇の即位の礼が行われる前に起こったのが張作霖爆殺事件でしたし、三年後には満州事変が起こり、先の大戦に至るまでの道のりが始まりました。第一次世界大戦のヴェルダンの古戦場を訪れ、戦場の悲惨な光景に接して、平和の大切さを肝に銘じられた昭和天皇にとって、まことに不本意な歴史であったのではないかと察しております。

 昭和の六十有余年は、私どもにさまざまな教訓を与えてくれます。過去の歴史的事実を十分に知って、未来に備えることが大切と思います。

 平成も二十年がたち、平成生まれの人々がスポーツや碁の世界などで活躍するようになりました。うれしいことです。いつの時代にも心配や不安はありますが、若い人々の息吹をうれしく感じつつ、これからの日本を見守っていきたいと思います。

 皇后さま 今、質問の中で指摘されているような問題で、日本の将来をまったく心配していないということではありませんが、私はむしろ今すでに世界的にまん延する兆候を見せており、とくに若年層に重い症状の出る新型インフルエンザのこと、また今後日本に起こりうる大規模な自然災害のことが心配で、どうか大事なく、人々の暮らしの平穏が保たれていくよう願っています。

 国の進む道で避けうる災難は、人々の想像の力と英知で、できうる限りこれを防がねばなりませんが、不測のことも起こりえないことではなく、これからの日本の前途にもさまざまな大小の起伏があることと思います。

 振り返ると、私がこれまで生きてきた年月の間にも、先の大戦があり、長い戦後と人々の並々ならぬ努力によって成し遂げられた戦後の復興がありました。多くの苦しみ、喜びを人々はともに味わい、戦後六十年の歴史をたどってきたと思います。

 近年、日本の社会にもさまざまな変化が起こり、家族が崩壊したり人々が孤立していく傾向が見られますが、一方、社会が個人を支えていこうとする努力や、地域が高齢者や子どもたちを守っていこうとする努力もそこここで見られ、また民間の各種の支援運動も増えて、人と人、家族、社会と個人など、人間関係の在り方がいま一度真剣に考え出されているように思われます。

 この十数年の経験で、陛下もお触れになりましたが、これまでに訪れた被災地の各所でかつて自身も被災者だったという人々によく出会いました。苦しかった時に人々から受けたご恩を、今度は自分が新たに被災した地域でお返ししたかったと誰もが話していました。

 被災地で目にしたこうした連帯意識にあふれた行動は、同じく私どもがどの被災地でも必ず感じる逆境における人々の立派さ-自制、忍耐、他への思いやり、けなげさ-などとともに、自らも状況に心を痛めておられる陛下にどれだけの希望と勇気をお与えしたか、計り知れません。

 心配を持ちつつも、陛下とともにこの国の人々の資質を信じ、これからも人々とともに歩んでいきたいと思います。


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コメント
この記事へのコメント
天皇陛下もお元気そうで、日本国民として非常に喜ばしいね。

おめでとうございます。

今日は祝日にするべきだね。
2009/11/12(木) 16:01:02 | URL | コマンドス #R63KSl6.[ 編集]
EXILEの歌はカッコよかったですね!
2009/11/13(金) 14:07:32 | URL | No.1 #/pdu0RA.[ 編集]
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 天皇・皇后両陛下におかれましては、御即位20年を心よりお喜び申し上げます。 天皇陛下御在位20年慶祝行事等 via kwout
2009/11/12(木) 14:18:31 | すきま風
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