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 保守だサヨクだを超えての個人的な感想
2011年02月17日 (木) | 編集 |
これから書く事は個人的な感想、それもほんの一部です。なぜ在特会が誕生したのか、なぜインターネットでの情報、それを通じての活動への参加が増えたのか、既存の保守団体に若者が少ないのか、真剣に考えるべきと思います。

もちろんネットからの人も信用の重みを考える必要があると思います。これはこれまでもちょくちょく書いてきましたが。

いろいろなところに関わって来たから僕だからこそ、いえることがあります。

それから田舎のわけわからん話とかどうでもいいんですよ。真面目な話。

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善意の押しつけは嫌いです。もう少し正確に言うなら、人権を謳う部落解放同盟の不正は見逃すのに、隣人のあら探しはする。そういう話ばかり田舎は。全然前向きじゃない。それだから左翼が根をはる。温床になりやすい。

田舎でのエリートは公務員です

いまは民主党の県連代表の野田国義氏が八女市長時代一生懸命変えようと努力してました。
保守も旧社会党も野田は悪いの大合唱。でも市民は期待していた。だから自治労出身の対立候補は惨敗でした。

でもまた元に戻り、、、、

僕のいる八女市のぐだぐだぶり。知的レベルの低いDQNの若造と老人しかいなくなるのではないでしょうか。

僕は一度、都会的な、近代的な価値観を知ってしまったらもう、田舎の面倒なぐだぐだとは関係もちたくありません。高校時代に福岡市やその周辺の都市圏の同世代と比較して自分を含めた田舎人のものの知らなさ、世間の狭さを知りました。政治の話とか高校時代ディベートの大会に出るまで聴いた事がなかったし。大学で政治活動や経済問題を議論したり行動する人をみました。

新鮮に感じました。カッコいいなあと。ああ。政治を考える社会問題考えるのは全然おかしくないんだと。

田舎の閉鎖的な体質だから自治労や左翼が跋扈するのです。なれ合い体質。阿久根と同じですよ。

竹原氏の行動はなれ合いの議会制民主主義の欺瞞を天下に晒した功績があります。そこらへんの保守よりずっと話があう。問題意識を共有している。

それから思うのですが、無差別殺人事件などを起こした若者について。彼らも政治に目覚めていたら殺傷事件とかそういう方向に行かなかったと思います。思想の左右は問わず社会構造や政治状況と自分の置かれた状況の関係を自覚できれば、行動が変わります。絶対に無差別殺人とかそんなことはしないはず。

日本人としての自覚。公を考える。悲しいかな悲惨な事件にはいずれも公がない。子が親を殺し、親が子を殺す。老人介護や引きこもりなどを背景にした家庭内殺人を食い止めるのは最後は公の意識。

でも、世間体とかそういうものではない。むしろ世間の同調圧力、視線に耐えきれず自らそういう道を選ぶケースが多い。だからここでいう公は地域社会よりもナショナルなものを意味します。

誤解を恐れずに言えば僕はサヨクでもいいと思う。無思想というか無関心が一番怖い。

それに気付きさえすれば自暴自棄ではなく自分を変え社会を変えていく方向にエネルギーを向けるだろうから。

しかし、治安維持強化を考える権力や情報操作を得意とするマスコミにとってはなくてはならない存在なのです。
スケープゴートとして。
社会不安要素を作り、視察線上におく。
体感治安なんていう概念自体がある種の社会操作です。

一般国民も「自分と違う」と安心する。若者が極度に人と違う事を嫌がると言う世論調査は日本社会の同調圧力の強さをよく表していると思います。

戦前の隣組、江戸時代の五人組でしたか、同調圧力を加える装置として機能していました。また公を意識させるものでもあった。

しかし、いまはグローバリゼーションの流れの中で国家意識は溶解して地域社会すら怪しくなって来た。

そこに危機管理を名目にした公安的な考え方が普通に受容されつつあることは怖い事です。

アメリカでも911以降治安維持名目の監視が強化されています。

もちろん犯罪行為は絶対に許されない。

日本の悪いところは、議論をさせない。意見を聞かない。無視する。それでもいえばあの人は変な人だという。
中学生のいじめの構造とよく似ている。

のらりくらり。とくに田舎は酷い。

権力者、権力構造の奴隷でいいのか!

僕の仲間も福岡都市圏の人が殆どなので、ずっと筑後にいる人間よりも新しい考え方だから、僕と合うんでしょう。ある人は久留米での同和教育、平和教育の酷さを語ってくれましたが、驚きました。

地域におかしいといえない空気がある。これが問題なんですよ。

だからこそ、僕らはあえて言揚げしていくのです。政治とか関係ないという蔓延した空気に挑戦する。
あえてKyになる。
保守側にも旧態依然とした体質があります(だから保守なのでしょう)から、若者の切なる訴えを受け止めるようなあり方を追及していきたいですね。

これは僕の私的な感想です。無縁社会など他にもありますが、その理論的な整理はもう少しきちんとしたいと考えています。
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