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 震災・統一地方選とメディアリテラシーについて
2011年04月05日 (火) | 編集 |
統一地方選挙前半戦も折り返しです。県議、政令市議の前職、新人両方の応援に私も、仲間たちもいっておりますが、福岡市内でさえ県議や市議の現職から自粛要請が出されていてあまり街頭活動や選挙カーによる連呼も聞こえてきません。

要請に拘束されない新人の議員くらいでしょうか。そもそも震災後だからと不可解な自粛ムードはデータマックスという信用調査会社がたびたび疑問を投げかけていますが、こういう時だからこそ危機管理や災害対策を争点にすべきなのです。本気で県民市民を守る気があるのか疑問を感じてしまいます。

組織と資金のある候補者にだけ都合のいい選挙になったら民主主義は終わりです。

これについて一度考えてみたいと思います。予告になりますが、統一地方選挙後、修学院の会報に統一地方選挙を振り返る内容を書く予定なので、そちらもご笑読いただければ幸いです。

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さて、メディアの功罪が今回もいわれ、たとえば今回の震災でも当初繰り返し放送される凄惨な場面に精神的にまいってしまった方が続出したこと、報道される被災地に偏りがあること、スポンサーの自粛の穴埋めに流されたAC(旧・公共広告機構)のCМにいろいろな批判などもあったようです。

他方、ぽぽぽぽーんで知られるACのあいさつの魔法は小さい子供だけではなく、ニコニコ動画やユーチューブで大人気のようで、CМを改造した動画がアップされ、大人気を博してもいます。

ACのCМについては産経新聞などでも違和感の表明もされ、順次、震災向けの内容に切り替わっていますが、映像メディアのもつ影響力の大きさが浮き彫りになりました。

テレビメディアの影響はいろいろ論じられてきましたが、古くはTBS成田事件や昭和40年代にRKB毎日放送(福岡・TBS系)が東芝日曜劇場で放送予定で制作したが、放送中止となった「ひとりっ子」(防衛大を受験しようとした主人公が、高校での反戦活動や母親やガールフレンドの反対で進学をやめる話。映画化され反戦運動団体が上映活動を行う)がありました。

一度、ひとりっ子を見たいと思っています。共産党系のプロパガンダとの意見もあるようですが・・・

平成の初めまで福岡で異常に日教組が強かったのは、こうしたメディアの扇動もあったと思います。反戦作品「ひとりっ子」が象徴的でしょう。

自衛隊の宣伝番組もフジテレビ系で放送予定が、東海テレビ、関西テレビ、テレビ西日本で中止になったことがあります。テレビ西日本は福岡の放送局で、フジ産経グループというより西日本新聞の資本が強いです。

僕は製作者の意図やイデオロギーが、右であれ左であれ観もしないで配慮で放送・公開中止にすることには反対です。観たうえで考え、議論すべきと思う。タブーを作らない。そして違和感を感じたら突き詰めて考え、検証するべきと思います。

僕が部落解放同盟の問題を月刊誌に書いていることや20年も異動せず市役所の中で聖域となってきた人権同和対策を表に引っ張り出したのはタブーへの挑戦でした。

差別を理由にした言葉狩りや配慮と称する情報封鎖が一番良くない。選挙の自粛ムードに通じることですが。

ひとりっ子にしろ、プライドにしろ、橋のない川にしろ、賛否の議論より、反対意見が前に出すぎてしまった。プライドは公開中止にはなりませんでしたが、ひとりっ子の上映中止を批判した左派系が映反対運動を展開しました。橋のない川は暴力的に上映中止に追い込まれています。

これは、逆にいえば映像の影響力がある意味恐ろしいということをみなが感じているのだと思う。前述の震災後のCМの自粛によるACCМにクレームがつくのもその面があると思います。

「テレビの内側で」(草思社)という本を読んでいるところですが、著者、田原茂行氏は元はTBS幹部。テレビメディアの問題点についても言及しています。一応書いておきますが、思想傾向を言えば左よりの視点です^^

左よりの著者の本をお勧めしますなんて書いたら反発する人もいるでしょうが、TBSの中の問題を内部の立場から見た本はそうはありません。あわせて「TBS「報道テロ」全記録―」(晋遊舎MOOK) を併読されて考えるというのはいかがでしょう? 

先日の週刊SPAでも自分で調査するなど責任を持たない言論に批判的だと、私は書いてもらいましたが、メディア側の責任と共に、受けての我々の責任もあると考えています。

たとえば、当たり前の話だと思いますが、ネットにあふれる情報をコピペして拡散させるのもいいけど、じっくり活字、本を読むことは大事で、いろいろ調べて検証する努力が必要ではないでしょうか。

ネットも情報の収集や拡散などに有効ですが、印刷された活字に触れたほうがいいと思います。僕もmixiでこういう本がいいですよとご紹介しているのですが、自分で努力してモノを考えることをしないと扇動されやすい「大衆」になる。これでは権力(マスコミも含む)にいいようにされます。基礎的な知識なり、リテラシーがないと嘘を見抜けない。

今回の震災では、ツイッタ―やフェイスブック、mixiが大活躍し、またインターネットが大手メディアが触れたがらない情報を普及させる役割を果たしていることは認めますが、まだまだ情報の精度、信用度が高いとは言い難い面がある。

被災地の現地取材はやはりNHKや民放、新聞、海外のメディアが担っています。ニコニコ動画で首相や官房長官、東京電力の記者会見をノーカットで放送しているのは阪神大震災以前はなかったことではありますが。

ブログ論壇の誕生(文春新書)などの著書がある佐々木俊尚氏がいわれるように既存のメディアとの対立になりがちで、これをどうするかが課題としてあると思います。

ネット右翼というある種のレッテルにしても、ネット社会になってから(平成15年以降)のものであり、これは今後も考え続けていきたいテーマです。

佐々木


http://twitter.com/sasakitoshinao/status/10143254731
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