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 今月号の正論、小川榮太郎氏論考を読んで~保守の知的怠慢に問題の本質を見る
2013年11月05日 (火) | 編集 |
「正論」12月号に「靖国・消費税・TPPで問われる保守の原点」という論考が掲載されています。

筆者は、「約束の日 安倍晋三試論 」の著者で文芸評論家の小川榮太郎氏。

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どんな内容かと期待して読んでみました。

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冒頭、安倍総理のフェイスブックに書き込まれた消費増税批判のコメントを拾って、それらの表現の口汚さを批判。

「口汚い「保守の蔓延する日本である位なら、経済成長など犬に食はれて、国まるごと亡んでしまへ‐‐私なら、まづさう思ふ、さふ思ふ心性が「保守」でなくて、一体何を「保守」しようと言ふのでせう。」

いわれることも尤もですが、ネット保守、西部邁氏風に言えば、一般大衆に美しい言葉遣いを期待してもしょうがない気がします。ネットというのは本来、便所の書き込みといわれるほど、粗雑で、論理よりも感情ほとばしる表現が多い空間です。匿名性がそれに拍車をかける。

橋本政権時の増税が自殺者の増加につながった論への言及などいろいろありますが、問題のグローバリズム批判については、

「攘夷を更に小さくした、旧来の自民党保護主義に、根性が似てゐる」

「日米同盟による防衛費や人的心理的負担の巨大な軽減の中で、収奪だと喚くのは身勝手がすぎよう。どうにも議論が女々しい」という。

これは、いわゆる新自由主義者や親米保守と同じ認識です。

19世紀から第2次大戦までの帝国主義は、一応は主権国家の存在を前提にしていました。

今、世界中で猛威を振るうグローバリズムは、国境を撤廃し、主権国家の権限を縮小。
金融植民地状態にする獰猛なものです。国際共産主義と違い、武力は使わず経済の力で締め上げていく。表面的にはアメリカですが、彼らの目的は、アメリカ国民の利益でもない。自分達の国際金融サークルの既得権だけが大事なのです。

そのグローバリズムの脅威は、何も最近、出てきた陰謀論・反米論ではなく、小川氏の埼玉大学大学院在籍中の指導教官であった長谷川三千子先生の「正義の喪失」に収録されている「ボーダーレスエコノミー批判」ですでに取り上げられてきたものです。

最近の保守論客への批判もあります。

木下財務次官陰謀論のくだりをみると、倉山満氏への批判のようですが、その続きをみると、安倍政権の政策に批判的な保守言論人すべてへの批判でしょう。

「政治が自説を採用しないと、突然敵に回つたやうな言動をし始めるやうな幼児症・・・」

読んでいて、なんだこれはと思うような記述にあふれていますが、これでは、離反していった保守層の心を取り戻すのは到底無理だと思います。

最初から、増税以前から、過度な期待がなかった私は離反していませんし(笑)

結論としては、どうみても、安倍総理の擁護論、プロパガンダでしかありませんでした。

小川氏に続いての、八木秀次先生の靖国参拝をしないことへの保守層の批判に関する論考は、もともと、例大祭や終戦記念日にこだわる必要はないともともと考えているので、とくにコメントはありませんが、批判を「ひとり相撲」だとするのは、いささか粗雑な表現ではないかと思いました。

適菜収先生もいわれていますが、安倍批判が殆どでない保守論壇の状況は不健全です。

私は、TPPは政権を取り戻したら交渉参加を言い出すだろうと予測していましたが、
そのとおりでした。

それを、東谷暁さんたちが口にすると、「安倍さんの考えがあり、戦略なんだ」などと庇ってきたのは、水島社長はじめ保守系の論客やその信者みたいな人たちです。

ユーチューブに動画でその証拠まで残っています。

よもや自分の吐いた言葉を忘れたわけではないでしょう。

水島社長は最近、いくらかの軌道修正をなされましたが。

民主党には、いささかの妥協も許さない主張をしながら、安倍総理には妙に優しいのではダブルスタンダードです。

ある方から9月号の日本会議機関誌「日本の息吹」に掲載された小川榮太郎氏の「安倍政權を支へるための絶對的な課題、二點」というのがあると教えていただいた。

私が直感した通り、誰が仕掛け人かわかるというものです。

このようなことを考えていたとき、福田恒存氏の一節が思い起こされた。

言葉によつて斷定することは一つの行動である。行動すれば間違ひを犯す。間違へばその責任を取らねばならない。それを恐れる爲に言葉に行動性を持たせぬ樣にしてゐるだけの事なら、そこに生じる情緒、詠歎はいづれも僞りの感傷に過ぎない。(シェクスピア劇のせりふ)

この一節を引いたのは、今の政治そのものであるように思うからです。民主党に対しては公約違反だとか、さんざん罵倒し、非難を浴びせたわけです。では、現政権に対してはどうなのか。

もし、ネット保守がどうでもいいのならば、無視すればいいはずです。先人の残した文芸作品すらまともに読んでいないネット保守が現実政治に与える影響は、限りなくゼロに近い。ましてや、しばらくは選挙もない。

なぜ、保守系オピニオン雑誌を代表する正論の誌面を割いて、掲載したのか。

安倍政権擁護プロパガンダに取り組む人たちにとっては、今の状況が都合が悪いからに他ならないのではないか。

ただ、小川氏のフェイスブックでの主張には首肯できる部分もあります。

>小林秀雄、田中美知太郎、林健太郎、保田与重郎、芦津珍彦、福田恆存、吉田健一、会田雄次ら諸先輩の時代……。彼らの主張ではなく、言葉遣い、人としてのの温容、強さと謙虚さの同居が保守といふものでした。これらの先人の「言葉」を少しじつくり読む時間を保守の方々にはとつてもらいたいものです、読書の秋ですし。

ここは、私も賛同します。

が、ネットで政治に興味関心を抱いた人たちに、一律にこれを求めるのは、少々酷な気がします。上記の方々の名前も、聞いたことがない人がいます。

驚いたのですが、政治に強い関心を持ち、SNSで饒舌に語る人たちが、まともに本を読まない人が多い。経済的余裕のあるなしに関わらず。

政治活動、国民運動もそのベースに書物に触れる営みがないと、思考力などが広がりません。非常に観念的で、現象面ばかりを追うようになります。

ネット上で、内輪もめをするのをずっと見てきましたが、自戒を込めていえば、夜な夜なやり取りして馴れ合い、友達感覚でやるより、空いた時間を落ち着いてじっくり読書でもしていれば、そんなつまらないケンカはしないのです。

ただ、先人の言葉に触れて、魂の共鳴する感動を得るというのも、主観的なものでもあり、強制は難しい。そんな暇あるかという反論もあるでしょう。

それでも、先人の言葉、作品に触れることで得られるものは、ネットの玉石混交の情報などより、はるかに得難いものであることは間違いありません。

私は、とっかかりとして小林秀雄の「考えるヒント」や福田恒存の「私の幸福論」を若い人にお勧めします。

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