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 占領というガラス玉に入れられたままの日本~小柳陽太郎先生の講演録を読む
2013年11月06日 (水) | 編集 |
福岡県立修猷館高校の名物国語教師として知られ、私たちも国民文化研究会の合宿教室などでご指導をいただいた小柳陽太郎先生の「教室から消えた物を見る目、歴史を見る目」(草思社)を久しぶりに開いて読みました。初版が平成12年6月。表紙は、手垢まみれでぼろぼろですが、根本的なことを考えたいときによく読み返します。

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そのなかで、蚤の曲芸という話が紹介されています。

尾崎一雄という作家の「虫のいろいろ」という作品に出てくる話ですが、蚤は自分の背丈以上に長く飛べる。その蚤に曲芸を仕込むのは簡単でない。そこで蚤を小さなガラス玉の中に入れる。蚤は当然そのなかで飛び回る。でもガラスの壁にぶつかり、落ちてしまう。そうするうちに、蚤ははねることをあきらめる。最終的には、そのガラス玉の中だけが自分の世界だと思い込んでしまう。そうすると、ガラス玉から取り出しても蚤は飛ぼうとしない。

小柳先生は、それを戦後日本の姿と重ね合わせてみると仰っています。占領というガラス玉から抜け出したはずなのに、そのガラス玉の中で生きていた時の習性が身についてしまって、もう自分で飛ぶことができない。

「戦後思想や戦後教育はそのおびえのような意識から生まれて、今日まで続いている。占領軍も、蚤の曲芸師と同じように、もう飛ぼうとしないことを見届け、占領を解除した」。

もちろん小柳先生は、それすべてを占領軍のせいとはいえない。日本の側にも問題があったといわれます。厳しい占領政策を跳ね返す力がなかった。それはなぜか。

小柳先生は、蚤の曲芸の話しに続けて、長谷川三千子先生のお話を語られる。

長谷川先生は、戦後生まれで戦後教育を受けて育ってきた。あるきっけに戦時中の記録を読み漁った。しばらくしてひとつのことに気付いた。「敵」の存在に気づいていなかった。原爆は落ちた。戦争が始まったという。しかし、そこには敵があり、味方がある。原爆投下のスイッチを押した敵の存在、その意思。それまで教えられてきた歴史では、そこが無視されている。

これが自虐史観であり、今の経済政策をめぐる一部保守系の反応にも通じるところがあるように思います。

日本人としての根源的な危機感から生まれたグローバリズムやアメリカに対する批判を「攘夷を更に小さくした、旧来の自民党保護主義に、根性が似てゐる」というのは、敵の存在という現実から目をそらしているだけではないのかと思うのです。

「誇りある日本」とか、「日本を取り戻す」といいながら、占領体制を永続化するような政策と知って、待望の保守政権なんだから、黙ってみていろというのならば、そんな保守系とこそ、決別したほうがよほどましに思えるのです。

たびたびの引用になりますが、福田恒存が「私は宿命論者ではあるが、宿命だからといつて、諦めて無抵抗主義者になるのは、これも一つの宿命である私の生まれつきが許さない」(「せりふと動き 役者と観客のために」玉川大学出版会)といわれていることを思わずにおれません。

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