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 玄洋社の原点・西郷南洲翁の「敬天愛人」を読み解く
2015年02月10日 (火) | 編集 |
昨晩は、私も連載しておりますフォーネットの読者会でした。

今回の参加者は20名。経営者の方やロータリークラブの会員の方もご参加でした。

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途中からでしたが、講師の浦辺登先生のお話に、胸がなんて申しますか、高揚するものを感じました。尊敬する人はと聴かれると誰よりも西郷さんです。まさしく義に篤い日本人。だからこそ薩摩藩邸の焼き討ちを行った庄内藩の若者が私学校に留学もし、西南戦争では薩軍に参加しています。


西郷さんは、聖書を漢文で読んでいたという話しは初めて知りました。佐藤一斎の影響を受け、藤田東湖などから国学を学んでいたというイメージがあったからです。聖書は陽明学であると高杉晋作が受け止めていたというのも新たな発見といいますか、新たなものを学ばせていただきました。

広田弘毅元首相も頭山満先生が生きておられたらどう行動されたかを考えられたように、頭山先生は西郷隆盛であったらどう行動されたかを常に考えていた。
筑前・福岡藩と肥後熊本、そして薩摩藩は密接な関係があった。福岡藩と薩摩藩は縁戚関係にあり、西郷隆盛が終生恩義を忘れなかった島津斉彬と、福岡藩の黒田長濱は叔父と甥の関係(斉彬の曽祖父島津重豪は長濱の父)になる。西南戦争では宮崎八郎ら熊本隊が薩軍に参加している。

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農民たちも西郷さん西郷さんと慕い、協力的でした。西郷さんの出自も熊本、菊池です。

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西南戦争の際、熊本城下に火を放ったのは鎮台司令長官の谷干城(土佐藩出身)です。決して薩摩と熊本は対立関係ではないのでした。
世に言う「征韓論」も朝鮮に軍事侵攻を目指すものではなく、鎖国政策を取る朝鮮と対等な外交関係を築き、欧米列強の侵略に共に備えるということでした。

歴史を知らない民族は亡びる。捻じ曲げられた民族も亡びる。まさしく戦後の日本。私たちが現在生きている日本。いまだに占領体制から抜け出ることが出来ない哀しさを感じます。と同時に断絶していないものもあることもまた事実だろうと思います。否定的なことばかりではないと思うのです。

今回、山本みずきさん(現役の大学生で、産経新聞社が展開する総合オピニオンサイト『iRONNA』特別編集長)のお母さんと初めてお会いしました。お若い(^^)

懇親会で男女共同参画の話がでましたが、外で働くことの否定ではなく、家庭を大事にするということが今ないがしろにされていることや、子供の教育、とりわけ父親の役割について、あと、ネット右翼や、山本さんが開かれている勉強会、学ぶカフェのことなどなど話題に上りました。懇親会でいろんな方とざっくばらんに話ができるのがいいですね。
諸先輩方のなかで緊張していました。今後ともよろしくご指導のほどお願いいたします。
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