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 「訃報」小柳陽太郎先生がご逝去されました
2015年12月01日 (火) | 編集 |
11月28日に、国民文化研究会の合宿教室などでご指導いただいておりました元福岡県立修猷館高校教諭で、九州造形短期大学教授、国民文化研究会副理事長などを務められた小柳陽太郎先生がご逝去されました。

ご入院されておられたことは人づてに聞いていましたが、あまりにショックでしばらく呆然としました。

御通夜に参列させていただき、昨日の告別式には参加できませんでしたが、日曜の夜にもかかわらず、全国から駆けつけた多くの方が列席されておられ、改めて先生のご親交の深さ、広がりを感じさせていただきました。

学生時代、国民文化研究会などでご指導いただいた日々を思い出しています。


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学生時代に、阿蘇や江田島などで開催された国民文化研究会の合宿教室では、学生班の班別討論に、小柳先生がお見えになると緊張して言葉が発せないそういうこともたびたびでした。拙い和歌の添削もしていただき、「こう直してはどうですか?」と、先生が私が詠んだ気持ちに沿った歌に直していただくこともしばしばありました。

また、軽々に政治の批判などを口にすると厳しいおしかりの言葉もいただきました。

私も、先輩の薦めで合宿教室に参加させていただき、社会人も含めた国民文化懇話会の例会にも顔を出しておりました。しばらく会もご無沙汰しており、保守がおかしくなりつつあることに危機感を感じて学びを再開しようと考えていました。今年の夏に合宿教室に参加していたメンバーで、博多駅前の福岡事務所近くに集まり、学習会をやろうと話し合った矢先でした。

小柳先生は、戦時中、学徒出陣で出征し、多くの友を亡くされ、戦後は九州帝国大学において、国文学を学ばれ、長く、修猷館高校の国語科教師として多くの学生を各界に送り出されました。退職後も、国民文化研究会の合宿などを通じて多くの若者を育ててこられました。

また、福岡県の教育正常化は、小柳先生のご存在ぬきにはありませんでした。昭和30年代に日教組の勤務評定反対闘争に端を発して、福岡県教職員連盟、福岡県教師会、そして福岡県民教育協議会と、福岡県高等学校新教職員組合(新高教組、現在の福岡教育連盟)と継承されましたが、そのなかで小柳先生は、あくまで労働者ではなく教育者としての道を求道されました。

私たちが、県民運動、国民運動として教育正常化を掲げ続けるのは、おこがましいことながら、小柳先生の道統に連なりたいという思いからでもあります。それは日教組批判にとどまらないものです。

ただ、いまもって悔いるのは、福岡市に就職を機に転居して4年。先生を囲んでの勉強会が行われていることを知りながら、とうとう一度も参加することがなかったことです。悔やまれてならない。

ある方がいわれたが、小柳先生のご逝去は、福岡の、いや日本の保守にとって大きな分岐点になると思う。
厳しく真心をもって指導される師を失うとは、そういうことではないでしょうか。

私が、新自由主義的な政策に疑問を感じるのは、人の和合を大事にしてきたわが国の国柄とあまりにも矛盾した人間否定の論理がそこにはあるからです。もし、学生時代に、小柳先生から、学問姿勢や人とのつながりなどについて、学ばせていただいていなければ、人を人と見ない思想に染まっていたかもしれません。

心からご冥福をお祈りし、私もその立場、責任において先生のお志を継承する営みをしてまいります。
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