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 天皇皇后両陛下提灯ご奉迎報告
2007年10月30日 (火) | 編集 |
 昨日、天皇皇后両陛下が福岡西方沖地震で被災された玄海島の方々をお見舞いされるためにご行幸されました。

 福岡市役所に午後1時過ぎに到着し、情報公開請求していた文書を受け取った後、足早に市役所前の駐車場へ、私たちのボス(日本会議の役員です^^)をお迎えに行きました。

 まだ広場は、いつものとおりにベンチで休んでいるOLさんなどの姿がちらほらしていましたが、運営委員のメンバーが少しづつ増えてきました。

 すでに広場には今回、両陛下が訪れられる九州国立博物館の隣にある太宰府天満宮の神職さんたちが大会本部のテント設営などでいそいよと働かれ、会場の足場が組まれていました。

 設営中の写真です。
奉迎写真1


 なめ猫♪は来賓受付を担当させていただいていましたので、大会本部の設営後、開会前、来賓用の提灯の準備やチェックなどを行っていましたが、そうする間に夕方5時近くなり、どこから来られたのか参加される方がどんどん増えていき、あっという間に会場が埋め尽くされてしまいました。

■大会本部写真
奉迎写真2


 来賓の知事・福岡市長・福岡市議会議員・県議会議員それから、大会実行委員会の役員の方々も次々お見えになられ、水城四郎福岡市議会議員、藤田陽三前県議会議長、新宮松比古自民党県連会長など続々とお見えでした。国会議員は出席といっていた岩本司議員ともう一人の方が欠席という連絡が入りました。

 せっかくこういう機会なのだから、国会議員の先生にも参加していただきたかったですね。

 麻生県知事と貞末県議会議長は、6時半の集会開催直前にお見えで、ご来賓のお花をつけていただき、壇上にあがっていただきました。

 6時半に壇上の幕裏に来賓案内などで立っていましたが、本当にすごい人数で、予想していた2000人は優に超えていました。

 本当にすごい数ですねと、同じ担当で隣にいた救う会仲間のN氏と話をしましたが、こんな数を見たことはありませんでした。

 式典では会場に掲げられた大きな日の丸に敬礼し、声高らかと国歌斉唱をしましたが、もうこれだけでじ~んと感じるものがあります。

 来賓のご挨拶はだいたい型どおりのものでしたが、注目していた吉田福岡市長の挨拶で「天皇陛下」という言葉が出てきたとき、元某マスコミ出身でもあるだけに、どういう話をするかと思っていましたが、今回直に両陛下をご案内されて、日本人として感じるものがあったのではないかと思いました。

 あれと思ったのが、来賓紹介で既知の古川忠県議や塩川秀敏県議もいつの間にかお見えで(受付に来なかったが)、集会終了後、塩川先生は本部に顔を出され、「提灯と日の丸ありますか?」と、私の顔を見て、「あっ、君はこないだの」と驚かれてました。

 教育正常化の件で、県議会に働きかけをしている関係で、元新高教組書記長の塩川先生とは顔見知りですが、まさか運営の来賓受付にいるとは思わなかったのでしょう。

 いよいよ出発ということで、ボスと先頭集団に向かうと、幼い子供さんが持っていた提灯が燃えていたので、慌てて消すハプニングがありました。幸い火傷もなかったようでした。

■広場から出発直前です
奉迎写真3


 3500とも4000とも思われる人数で、4列に並んだ行進の列が次から次へと夜の天神の街を進んでいきました。

 学生運動のI先輩の先導で「天皇陛下万歳」を繰り返しながら、、提灯を片手に日の丸を振りながら両陛下のご宿泊先のニューオータニまで歩いていきました。

 途中、私もメガホンをもって「天皇陛下万歳」をいわせていただきましたが、連呼するのは声がかすれますが、すぐ後ろに歩いていたボーイスカウトの子供たちがかわいい声で「てんのう陛下ばんざーい」といっているのを聞くと、負けずにがんばらねばと力が入りました。

 老若男女、サラリーマンや若い女性やご年配の方もいろいろな方がおられて、笑顔で「天皇陛下万歳」と繰り返しながら歩いていて、非常に一体感を感じました。

 先頭の梯団が奉迎場所の先頭の場所である電気ビルに到着してから、最後尾の梯団が達するのに1時間以上かかるほどの提灯行列でした。

 両陛下のご宿泊先のニューオータニ前で国歌君が代を斉唱し、天皇陛下万歳を何度も何度もいっていると、自然に涙が出てくるのです。

 この感動は理屈ではない、もっと心の奥から沸き起こってくるもので、日本に生まれた喜びを感じさせていただいたと思います。

 交通などへの配慮からご答礼はないとのことでしたが、あとで聞いた話では、両陛下が窓に御立ちになられ、ご答礼になられたとのことでした。

 皆さんなかなか解散せずに警察から、ご答礼はないからと注意を受ける一幕もありましたが、この空間でこそ感じられるものがあり、なかなか帰りたがられませんでした。

 20分ほどで、流れ解散でしたので、ニューオータニ前の交差点を渡り、ホテルの前を歩いていると、「お疲れです」との声が、知り合いの警察の方でした(笑)。

 会場の片付けもあり、市役所広場に向かっていましたが、次から次に提灯と日の丸を持った列が続いていました。

 奉迎写真5


 そこで、数名で、西日本新聞社のビル前で、ニューオータニ前に向かう方々を先導して「天皇陛下万歳」を信号が青になるたびに繰り返しました。

 せっかくパレードに参加したのですから、ただ、だらだら歩くだけでは勿体無いですから。

 今回の提灯奉迎で皆さんの表情を見ていましたが、どの方も満ち足りた表情をされておられました。

 ご参加された皆様、本当にお疲れ様でした。

★天皇陛下ご行啓をご紹介していたブログもあわせてご紹介します。

■ボチボチかめさん
http://blog.goo.ne.jp/couzu93co/e/a5acc5ec0bd963237c02c9ceb9d79ae2

■カミチィ号乗務日記
http://rosenbasu.blog81.fc2.com/blog-entry-184.html

■ちびもみ日記
http://chibimomiz.exblog.jp/6706540/

■「チビマコ日記」カナダのカムループスより
http://blog.livedoor.jp/majnik7125/archives/50931620.html

■ぽれぽれっと。
http://lala-tambourine.blog.drecom.jp/archive/1447

昨日のご奉迎で多くの参加者がこのブロガーさんと同じ思いを共有したと思います。

(引用)
ちょっと出遅れて道路を渡らせてもらえずに、
反対側の歩道で待っていた私たちに、
天皇陛下が気がついて笑顔で手を振って下さった。

思わず歓声を上げて、一生懸命手を振っていた。

何でこんなに嬉しいんだろ。
理屈抜きで天皇陛下バンザーイ!って感じ。
これってきっと、日本人のDNAなんだな。


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コメント
この記事へのコメント
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2007/10/30(火) 16:40:21 | | #[ 編集]
記事を読ませていただき私も感動しました。
生きていて一体いつ、公に「天皇陛下万歳」と声に出して言えるでしょうか。考えて見ると私は一度もなかったです。
羨ましいです。「天皇陛下万歳」はこの日本の2667年間と
そしてまたこれから未来永劫に続いてほしいという祈りが込められた言葉です。今上陛下個人に捧げるだけでなく
大いなるものへの祈念、また感謝、崇敬の意味も含まれておりましょう。
提灯行列も一度でいいから参加してみたいものです。
ご苦労様でした。本当に良かったですね。
2007/10/30(火) 18:01:59 | URL | 翡翠 #flPMGraQ[ 編集]
なめ猫♪様のブログにご紹介いただき恐縮いたします。

臨場感あふれる今日のエントリー 楽しく読ませて戴きました。

参加したくても いろんな都合で奉迎できなかった方々のために

このように紹介して、幸せを共有するのもまたいいものですね。
わたしも、真似させて戴きます。ありがとうございました。
2007/10/30(火) 22:44:31 | URL | ボチボチかめです #-[ 編集]
いやいや
日本人冥利に尽きるよいお仕事でしたね、なめ猫さんGJ。
2007/10/31(水) 02:03:07 | URL | KAZU #JalddpaA[ 編集]
思い出しました。
序文「発刊にあたり」 元侍従長 入江相政

それは昭和6年のことでした。熊本で大演習があり、陛下はこの大演習におのぞみになられました。演習が済んでから、鹿児島から軍艦榛名(はるな)にお召しになられて、海路を東京へ向かわれたのです。
 鹿児島でご乗艦され、鹿児島湾をずーと南へすすまれたのですが、御召艦榛名が鹿児島湾の出口を過ぎて外海にかかろうとする頃には、すでにあたりは夜になっておりました。

とその時、10キロ以上も離れた薩摩半島が暗闇の中にかすかに見えてきました。ところが何とその鹿児島半島には沿岸一帯に篝火(かがりび)があかあかと焚かれているのです。

そしてその篝火の周囲一帯に提灯(ちょうちん)が驚くほど沢山灯されて、その提灯が懸命に打ち振られているのです。
 更に山の上にも若人達でしょう、海岸の篝火よりもっと火勢の強い篝火を焚いているのです。

その多くの人達が真心をこめて、陛下を見送るために計画した行為が、静かな海面に写し出されて、それはまるで絵のような美しい光景でした。
この想像もしなかったお見送りに御召艦榛名の乗組員の人達までが、甲板で鈴なりになるようにこの薩摩半島の光景に見とれたものでした。

しかし、御召艦がだんだんすすみ、提灯も灯も遥か遠くになってまいりますと、鈴なりになっておった人達も一人去り、二人去りして、しばらくするとすっかり人影はなくなりました。
御召艦は殆ど外海に出かかっております。あたりは静粛の闇に包まれてきたのです。
甲板には誰一人いないと思われました。ところがそのときになって木下侍従が陛下のお姿が見えないことに気付いたのです。慣れない軍艦の中を探しても探しても陛下の姿は見あたりません。
とうとう最後に甲板に出てみると、誰もいないと思っていた甲板に一人だけの人影があるんです。 はっと思って近付いてみると、陛下なんです。あたりは真暗です。
木下侍従長がはっとして薩摩半島の方を見ると、遠く離れてはいるけれど、まだ篝火が焚かれています。そして無数の提灯が打ち振られているのです。

勿論薩摩半島からは、真暗な海の上にある榛名の姿は見える筈はないんです。でも集まった多くの方々は、あそこに天皇陛下が乗っていらっしゃる御召艦がある、その御召艦の天皇陛下に心から「ばんざい」と叫ばずにはいられない、提灯を振らずにはいられないという気持ちで、多くの方々が見送っているのです。

勿論薩摩半島からは見えないけれど、こうした多くの方々は自分の気持ちを精一杯打ち振る提灯にこめて現さずにはおられないということであったと思うのです。

 ところがそうした中で、陛下はどうしていられるかと木下侍従長が見ますと、何と陛下は直立不動の姿勢で挙手の礼をしていらっしゃるのです。
 
 薩摩半島から御召艦榛名は見えなくても、集まった方々は天皇陛下に対して篝火を焚き、提灯を振り、天皇陛下ばんざいを叫ばずにはいられなかったのです。
 
 それに対して陛下は御召艦榛名の甲板上で、ただお一人直立不動で挙手の礼をされていたのは、この薩摩半島の方々の真心をもっての行いに、真心をもってお応えになったということであったのです。
 
 このことは深い感銘を木下侍従に与えました。木下侍従は感銘の中からこのことを書き残さずにはいられなかったのです。(省略)
2007/10/31(水) 09:58:59 | URL | A #99DFA69w[ 編集]
ありがとうございました!
「ぽれぽれっと。」のららです。
トラックバック&ご紹介、ありがとうございました!
参加できなかった提灯ご奉迎の様子が手に取るようにわかって感激です。
私も提灯持って歩きたかったなぁ。。。

オフィスの前が通過コースだったので、3日間4度のチャンスはすべて
仕事を抜け出して両陛下に手を振りました。
手を振りながら撮ったピンボケ写真が大切な記念です。
本当に幸せな3日間でした(^^)
2007/10/31(水) 21:01:29 | URL | らら #-[ 編集]
コメント有難うございました
皆様、こんばんは。
ご来訪いただき有難うございました。

翡翠さま
>今上陛下個人に捧げるだけでなく
大いなるものへの祈念、また感謝、崇敬の意味も含まれておりましょう

そうですね。天皇陛下ご自身が毎日のお祭りを行われ、祈りを捧げていらっしゃいます。陛下の祈りに守られてきたと思います。

ボチボチかめさん

>このように紹介して、幸せを共有するのもまたいいもの

先日はお疲れ様でした。仰るように参加できなかった皆様にもぜひあの感動を共有していただければと思い、写真とともに書かせていただきました。

A さま

鹿児島の聖なる夜景ですね。
陛下と国民のつながる光景は美しいと思います。
今回、提灯奉迎に参加させていただいて、そのことを強く実感しました。

ららさま

ご来訪有難うございます。

>参加できなかった提灯ご奉迎の様子が手に取るようにわかって感激です。私も提灯持って歩きたかったなぁ。。。

有難うございます。多くの皆さんにもお伝えできればと思った次第でした。
じつは提灯の数が足りず、ご来賓の議員の先生方にも不自由をおかけました。本当に凄い参加者数でした。

>オフィスの前が通過コースだったので、3日間4度のチャンスはすべて仕事を抜け出して両陛下に手を振りました。
手を振りながら撮ったピンボケ写真が大切な記念です。
本当に幸せな3日間でした(^^)

そうでしたか。
なかなかないからですね。
両陛下のお顔を拝見すると本当に笑っておられて安心感を与えていただきます。
2007/11/02(金) 21:43:02 | URL | なめ猫♪ #TAZSivxg[ 編集]
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